確かめない幸福
「レティシア、朝食だぞ」
不機嫌なレギアスの声で目覚めた。
自室のいつものカウチソファでレギアスの膝枕だ。
目の前のローテーブルにはいつも通りの朝食に加えて大量の分厚いステーキが並べられている。
「昨日より多くない? ……あら? 竜王様」
向かいのソファには悠然と竜王様が座っている。
紅茶を飲む姿も板に付いていて素敵だ。
うっかり見とれてしまいそうになって、慌てて起き上がり居住まいを正した。
寝姿を見られていたなんて、恥ずかしい。
竜王様の左にはヴァルグが座ってもうステーキを切り始めている。
さらに斜め左にはシャリーアが座り、優雅に紅茶をすすっている。
「あのままにしておくと弟子が皇主に何をするかわからないからな。付いてきてやったぞ」
「まあ、頼もしいですわ。ありがとうございます」
「聖印があるからレティシアから離れたくないだけだろ。ていうかレティシアの計算通りだろこれ」
いやまさか。竜王ほどの存在が簡単に動くとは思っていなかったわよ。
思惑は読み切れないけれど……どうせ訪ねてこられたら断れる相手ではないし、まあいいか。
「竜王様ほどの抑止力はありませんもの」
「……レティシアってけっこう打算まみれだよな。女神なのに」
「わたくしが女神のイメージどおりになったら困るのはレギアス様だと思うのですが」
「あー……。そういえばここの女神はろくなイメージじゃなかった」
ソーマ王国ではセレスティアも信仰の対象のはずなのに。
いったいどういう教育をしているのか、王に問いただす必要があるかもしれない。
「くくっ、この弟子の相手は大変だと思ったが、どうやら似合いのようだ」
「いい女だろ? 手を出すなよ」
「ふ、弟子と女を取り合うのも悪くないな」
「なっ、師匠!?」
竜王様って、意外にも茶目っ気のあるタイプ?
そういうところも素敵だけれど、余計な波風を立てるのはやめてほしい。
「皇主、跡継ぎにドラゴンハーフはどうだ。我が手伝ってやるぞ」
「え? あの……か、からかうのは、やめてください」
竜王様の切れ長な目で見つめられて、とんでもないことを言われているのに上手く切り返せない。
ドキドキして落ち着かないこの感じはなんなのだ。
「レティシア、なに赤くなってるんだ! 師匠は気持ち悪がられると思って言ったんだろ」
「そんなことを言われても……」
困り果てる私にレギアスが大騒ぎする、かと思ったら。
カウチソファの前に回り込んで膝をつき、縋るように私の顔を覗き込んできた。
そんなに私の様子がおかしいの?
不安に揺れる銀の瞳を見ると、ソワソワしていた気持ちが解けていく。
胸に暖かなものが広がって、急に腑に落ちた。
「ふふふっ」
なんだか可笑しくてたまらない。
「レティシア?」
「レギアス様、大丈夫ですよ」
レギアスの頬に右手の指先をそっと触れる。
「わたくしの心をかき乱せるのは、レギアス様だけです」
微笑みかけると、レギアスが私の右手に左手を重ねて破顔した。
美しい顔が嬉しそうに蕩けている。
私もつられて嬉しくなって、なのに痛いほど胸が締め付けられて。
知っている。この痛みと、この笑顔を。
目の前の黒い革手袋の中にあるもの……
だとしたら、隠すのは、なぜ?
「レティシアを乱せるのは、俺だけ」
レギアスが手のひらにキスしだした。
手を引っ込めようとしても離してもらえない。全くもう、すぐ調子に乗るんだから。
「その言い回しはやめてください。それより、わたくしはどうも竜王様の魅了に取り込まれているようです」
「は?」
「ほう、気付けるとはたいしたものだ」
唖然としたレギアスが竜王様に振り向く。
「なに人の女に魅了なんてかけてるんだ!」
「かけてないぞ? 我に備わっている資質なのでな、解除などできん。人型でいれば人型の女に勝手にかかる」
「まあ、だから私も胸が高鳴るんですのね」
「なっ!?」
シャリーアにまで魅了が及んでいるようだ。ヴァルグがナイフを取り落とす。
「ドラゴンの姿に戻ってその辺の山にでも棲んでろ!」
「皇主のそばに居たいからな。断る」
余裕の笑みで聞き流す竜王様に掴みかかり、レギアスはヴァルグと一緒に食ってかかっている。
レギアスは、私より頭ひとつ分も背が高い。騎士の割には細身だけれど、当然のように体つきも逞しくて。
顔の作りは似ているけれど、思い出の中のレイアとは全然違う。
確信めいたものはあるけれど、思い違いだったらどうしよう。
手袋を脱がせずとも、確かめるのは簡単だ。神力の流れを確認するだけでいい。
でも、しばらくはこのまま、未確定で浮かれていたいかも。
「主様、この状況がそんなに可笑しいんですの?」
「え? えーと、だって、バカバカしいじゃない?」
「確かに、呆れて笑うしかありませんわね」
レギアスの左手の革手袋から目を逸らし、朝食に手を伸ばした。
際限なく笑みがこぼれるのは、きっと好物の生ハムサンドが美味しいから。
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