剣呑な親子
目が覚めるとすっかり着替え終わっていた。
編み込まれた髪には生花まで飾られている。全身やたらと気合いの入った装いだ。
未来の義理の父だからかと思ったけれど……侍女たちの張り詰めた空気を見るに、敵の可能性があるからかも。
「ソーマ王ご一行のお越しです」
開かれた扉からソーマ王のザカライアおじ様が入ってくる。
二メートル近くある巨漢で相変わらず圧倒的な存在感。
白髪混じりの茶色い髪がぴょんぴょんと跳ねて、髭も蓄えたお顔は私を見つけて柔らかに微笑んだ。
続いてマティアス殿下と竜騎士たちが十人ほど入ってくる。
「皇主陛下の居室ですので、竜騎士の皆様は外でお待ちを」
扉脇に控えていたアルフォンスが慌てて止める。
「おい、ぞろぞろと連れて入ってくるな!」
「いやスマン、こやつらがお前の嫁をひと目見たいと言うものでな」
「かまわないわ。皆さんに入っていただいて」
ザカライアおじ様がレギアスを見て明らかに怯んだ。
レギアスも睨みつけて殺気を放ちそうな勢い……どうして?
そういえば、ソーマで婚約の報告をした時の反応すら聞いていなかった。レギアスは最初から自分のことは極端に話したがらない。
怖くて踏み込めなかったけれど、おかしいと思うべきだったのかも。
ともかく、挨拶をしないと。
なんとか体に力を入れ、レギアスに支えられながら立ち上がる。
「ソーマ王、お越しいただき光栄ですわ。お待たせしてしまい申しわけありません」
「レティシア姫、いや、いまは陛下だな。体調が優れないと聞いたがもう大丈夫なのかね?」
「敬称は要りません。どうかただレティシアとお呼びください。休みましたのでもうすっかり平気です」
微笑んでみせたところで、また力が抜けてしまった。
レギアスの腕に抱きとめられる。
「急に立ち上がって無理するから。ここは俺に任せて休んでろ。な?」
「レギアス様……。では、頼みました」
仲が悪そうだけれど、なんとかなるわよね?
「大丈夫か? 病気なのかね」
「ただの貧血だ。祝福の効果もあるし食べればすぐに治る」
「それならいいが……お前、レティシア殿に無理をさせすぎなんじゃないか?」
「俺、噂を聞いたよ。レギアスが無理強いするせいで陛下が疲労困憊で部屋から出てこないって」
誰!? マティアス殿下に噂を吹き込んだのは。
もしかして、皇宮中……賓客にまで噂が広まっていたりする?
「……とにかく、飯を食うぞ! レティシアのためのスペシャルメニューだから健康になって帰れ。後ろのお前らも護衛は要らんから他の部屋で用意してもらって食ってこい!」
「うわー図星なんだ。隊長マジ悪魔」
「皇主様マジ女神なのに可哀想……」
レギアスの元部下たちなのだろうか。竜騎士たちが口々に好きなことを言っている。
「お前ら……いますぐ跡形もなく消されたい奴はここに残ってもいいぞ?」
「いえいえ! 有難く飯食ってきます。女神陛下とお幸せに!」
「レギアス様、竜騎士の皆さんと仲良しなのですね。ハンナ、この部屋の空いたスペースにテーブルセットを運んで。全員一緒に食事を取れるように準備させてちょうだい」
「かしこまりました」
可笑しくて少し気分が良くなってきた。
「これが仲良く見えるのか? 貧血で判断力まで落ちてるぞ。まさかあいつらまで一緒に食べるのか?」
「もう、そんなことありません。無駄に広いのだし、人数は多い方が楽しいでしょう?」
それからしばらくして大テーブルのセットが運び込まれ、順次食事が並べられていく。
「陛下、サラディール猊下がお見えです」
アルフォンスが静かに歩み寄り、跪いて告げる。
「通して」
扉が開けられ、サラディールが顔を出した。
「レティ、貧血だって? 僕も同席していいだろうか」
私の体調不良に駆けつけてくれたのね。
大神官は国葬の責任者だから忙しいだろうに。
祭祀服は着替えているがフラッタの瞳は装備している。
真実の神フラッタの名を冠する神器――その片眼鏡は嘘を見抜き精神支配を容易くするという。
サラも、ソーマを見極めたいのかもしれない。
任せたら楽ができていいかも。
私たちの座るカウチの対面右側におじ様、左にマティアス殿下、斜め左にサラ。それぞれひとりがけのソファに座った。
竜騎士たちはサラの後ろの大テーブルでもう舌鼓を打っている。
「マティアス殿下。先日はディナーをご一緒できず申しわけありませんでした。国葬の警備を買って出てくださって、本当に感謝しておりますわ」
「皇国に滞在できるのはご褒美みたいなものですからね。こんな時ですが、婚約祝いとでも思ってください」
「ありがとうございます」
慣れているとはいえ外面全開の社交辞令は疲れる。
「レティシア、あまり無理するな。サラに任せてしっかり食べな」
レギアスがシチューを掬ったスプーンを口に当ててくる。
恥ずかしいけど食べざるを得ないじゃない!
体が求めているのか、お肉の深い味わいが格別だ。
「ははっ」
レギアスが無邪気な笑顔を浮かべて嬉しそう。
私が飲み下す先からまた食べ物を口に運ぶ。
慌てて食べていると部屋にいる全員の視線がこちらに向いていた。
竜騎士たちの冷やかしが聞こえる。
は、恥ずかしい。
「いや、仲が良くて、安心しました」
「父上、レギアスに帰ってきてほしかったのでは?」
「息子が巣立って寂しいが、幸せになるのが一番じゃ」
「幸せが一番だと!?」
和む会話なのに、レギアスが父親を怒鳴りつけた。
抑えた声だったけれど、刺すような激しい怒りに部屋中の人間が硬直する。
「レギアス様?」
「こいつらは嘘つきだ。信用するなレティシア」
「ええ?」
相変わらず、直情的というか。せめてこっそり教えてくれたらいいのに。
「もしかして、初めて会った日にレギアス様が殺すと言ったのは、ザカライアおじ様のことですか?」
積年の恨みといった感じの湿度のこもった怒り方だ。
私が皇太女だと明かした時に似ている。
「あ? あー。まあ、そうだな」
「どうして……」
「……勝手に、俺を次期王に決めていたから……」
歯切れが悪い。というか理屈が解らない。どういうこと?
「ほら、まだ食べろレティシア」
また口にスプーンを運ばれて口を塞がれた。
明らかに誤魔化そうとしている。これはきっと秘密に関係してる。なんなのだろう。
とりあえずは怒りも引っ込めてくれて助かったけれど。
見るとみなほっと息をついている。
サラだけは、じっとザカライア王とマティアス殿下を観察していた。
「私はてっきりマティアス殿下が次の王だと思っていたのですが、違ったのですね」
穏やかな口調でサラが探りを入れだした。
おじ様はまだ目に怯えを残し、だが居住まいを正す。いつもの威厳はどこへやら、弱々しい声を出した。
「ドラゴンも竜騎士も強い者にしか従わんのです。我が国では一番強い者が王になると定められておるのですよ」
そうか、だから代々ソーマ王は側室を何十人も置いて子だくさんなのね。
レギアスがまた睨みつけておじ様がびくりとする。
「なるほど。レギアス殿下の次の候補は決まっているのですか?」
「いまのところ僕ですが、まだ弟が何人もいますからね。父が退位する気になるまで分かりません」
父王を横目にマティアス殿下が飄々と答える。
嘘をついているようにも見えないけれど……真意の読めない人だ。
なんだか、お腹が満たされてきたら、また眠たくなってきた……




