揺らぐ体、揺らぐ心
「レギアス様、よく魔力を出さずにいられましたね」
「ああ、レティシアは俺の腕の中だからな。取られる心配がない」
「……レギアス様は、私を手に入れるためなら、何でもするのですか?」
「それはもちろん。だが、もう手に入ってた」
「そう、ですね」
両親が殺されたのは、婚約の許可が出た直後。
レギアスがいまの状態を望んでわざわざ手を下したとは思えない。
そこまで悪辣な人間ならば祝福は得られないだろう。
私が、そう信じたいだけなのだろうか。
気持ちにつられたのか、体まで重い。
「主様!」
後ろにいたドラゴンたちが駆け寄ってきた。
そうだ。シャリーアならばきっと誰の思惑にも染まっていない。私の聖印で初めて人と意思疎通ができるようになったはず。
レギアスに下ろしてもらうと、シャリーアに抱きついた。少しひんやりと柔らかくて、安心する。
「陛下!」
謁見の間に入ると、昼番の近衛と侍女が勢揃いしていた。無許可で聖苑に出るわけにもいかず、待っていてくれたらしい。
「みんな、黙って抜け出してごめんなさい」
「結界が、いったい何があったのでございますか」
ハンナを筆頭に、みな心配顔だ。
侍女と近衛のことは、信じよう。直属の暗部も。
……暗部に人間関係の調査はさせようか。
「実はね、皇帝が、来ていたの」
「皇帝に結界を破られたのですか!?」
アルフォンスが前のめりに聞いてくる。
「分からない。破られたのではなく、消えてしまったから。いつの間にか聖苑にいて、何がなんだか」
影の術師の能力とは、やはり思えない。
皇帝の力……?
言わなければよかったかしら、みな言葉を失っている。
「結界、張り直さなければね」
「レティシア、元々今日には結界を解く予定だっただろ?」
「あ、そうだった。下手なことをしたらみなを不安にさせるわね。わたくしが単に早まったことにしましょうか」
今日からは国外の賓客を皇宮内に受け入れる。
もう周りを囲うことに意味は無い。
元々、意味など無かったのかもしれないけれど。
笑顔でみんなを安心させたいのに、上手く表情を作れない。
レギアスが体を寄せ手を握ってくる。
いつの間にか指が冷え切り震えていた。
伝わる熱さに視界が滲む。
「と、とにかくお部屋に戻ってお休みに。本日はソーマ王がお越しになりますが、ルナメリア卿にお任せしますか?」
ルナメリア。私とサラの母方の公爵家だ。姉妹ともに皇家に嫁いだから、皇弟だった叔父様が当主になった。
祖父母は悠々と海外を旅している。連絡はもうついただろうか。
「……ルナリア叔母様は、結界術の天才として元はお父様のお相手にといわれていたのよね?」
「そ、そうでございますが、いかがしました?」
「いえ、ソーマ王を他の人に任せるわけにはいかないわ」
ハンナやみなが困惑している。
身内を疑っているなんて……侍女にも言えない。
まずは、ソーマを見極めなくては。
階段から足音が響く。
「レティ!」
「サラ」
片眼鏡もかけず、ナイトガウンのまま寝ぐせをつけている。
息を切らせて、相変わらず私のこととなると心配性だ。
サラも、私のためなら何でもするはず。そう、何でも。
よりによって、サラを疑うなんて――
「レティシア?」
急に力が抜けた。
体がフワフワと……なんだろうこの感覚。
よろめいたらレギアスにまた抱き上げられた。
「大丈夫かい?」
サラが私の手に触れようとして、つい大袈裟に避けてしまった。
サラが目を見開いて……どうしよう。
この感じ……!
「レギアス、いますぐ部屋に戻ってお願い!」
「あ? ああ、わかった」
⋆ ⋅ ⋆ ⋅ ⋆
「こんなに蒼白いレティシアは初めてだ」
いつもより早く月のものが来てしまって、慌てて処理をした。
レギアスが離さないからカウチで膝枕に頭を預けながら診察を受けている。
「貧血ですね。月のものによる一時的なものです」
専属の侍医、クリスが私のお腹に手を当て、探査魔術をかけた。
若い男だからと警戒してか、レギアスの体に力が入る。
「このごろあまり食べられていなかったようですし、しっかり食べてお休みになれば治りますよ」
いつも安心感をくれる穏やかな声。
サラサラなミルクティー色の髪を後ろに束ね、細い銀フレームの眼鏡が今日も涼やかだ。
クリスの心は男でもなければ女でもない。
この国では普通だけれど、レギアスに説明して理解されるだろうか。
「貧血なんて、初めてだわ」
息が切れて、声を出すのも少し大変だ。
「出血量がかなり多いですからね。心労のせいでしょう」
着ていた夜着は汚れるし侍女たちも驚いて大変だった。
レギアスの魔術で洗浄できて助かったけれど。
「聖印があるのに、どうして」
「そもそも聖上は神力の供給源であらせられますから……効果が弱いのかもしれません」
確かに……癒されはするけれど、言われているほど劇的に気分が良くなったりはしない。
「わたくしって……本当に女神なの?」
「聖上がお生まれになる前にそう神託があったと聞き及んでおりますが」
「それは知っているけれど、わたくし自身は何も分からないのに」
「とにかく、本日は公務も他の方に頼んで、お休みくださいね」
クリスが言い聞かせるように柔らかな笑みを浮かべる。
「今日はレギアス様のお父様がいらっしゃるの。……そうだ、この部屋に招いてランチにするのはどうかしら」
「ずっとここで座っていてくださるなら許容範囲です」
「陛下の自室に招くなど……」
ハンナと侍女たちが顔を見合わせる。
「半年後にはわたくしのお義父様になるのよ。いいでしょう? わたくしがぼんやりしていても、レギアス様が間をもたせてくださるわよね?」
「俺は……構わないが」
「……かしこまりました」
それから薬湯を飲んだけれど、朝食には手をつけられなかった。
侍女たちが用意してくれるあいだにきっと回復するはず。




