皇女とドラゴンに乗った誘拐犯
「わたくしの愛する戦士たちに、稀なる力を」
陽光に輝く笏杖を掲げ、白馬の上から五千の兵とその先を見渡す。
私の、守るべきものたち。
白銀をまとう精鋭たちの後ろには、紅葉した山野と美しい街並みが広がる。
けれど、私の後ろは荒涼とした茶色の地面ばかり。
楽園と、その外側。
薄紫に光る花びらが空を舞い落ち、兵に吸収されていく。
美と豊穣の女神セレスティアは眠りにつく際、子孫に祝福と結界の力を残した。
祝福を受けたものは女神の神力と繋がり、様々な能力が活性化する。
魔術師すらも珍しい今の世界で、神がただの伝説ではないと世に知らしめる唯一の証明。その奇跡の力と豊かな国土が狙われるのは、致し方のないことかもしれなかった。
戦闘用の祝福に鼓舞された兵に、隣から将軍の激が飛ぶ。
鬨の声に空気が震え、役目を終えた私は本陣までゆっくりと馬を歩かせた。
「それで、どうだったの?」
副官も務める近衛騎士団長に声をかける。
「ストロベリーブロンドは見当たらないようです」
「そう、良かった。銃火器は?」
良かったと言いながらどうしてもがっかりしてしまう。
あれから十年、髪の色が変わっていたらどうしよう。レイア、いまのあなたは、どんな姿をしているの?
「前回姫様に跳ね返されて懲りたのでしょう。銃兵も大砲の類もないと報告が来ております」
「ではわたくしの役目も終わりかしら。でも今回は帝国の術師も警戒しておかなければね」
「皇帝がどんな策を弄しようと、姫様のおわします限り負けることなどありません」
「ふふっ、そうね」
――ゴウッ。
風が唸ったかと思う間もなく、体が宙に浮いた。
な、何――!?
慌てる兵たちの声が遠くなっていく。
腕ごと胴体を硬いものに掴まれて身動きが取れない。
混乱のさなか全身に鳥肌が立った。
異常な魔力と殺気が近づいてくる!
なんとか頭を持ち上げ魔力の源に目を向けた。
真っ黒なドラゴンと騎士?
ソーマ王国の竜騎士!?
もしや私を拐っているのも??
こちらの大陸には近づかせないはずなのに、なぜ……
まさか、とうとうドラゴンが帝国のものに?
黒い竜騎士がみるみるうちに接近してくる。体を傾けながら翼を広げたその体長は五メートルはありそう。
すれ違いざま、ドンッと音と振動が伝わり体が自由になった。
落ちる!! け、結界、結界張らなきゃ!
術を発動する間もなく、息が詰まるほど濃密な、禍々しい魔力に包まれた。
衝撃は何も感じないのに、恐怖に、侵食される――
震えながら目を開くと、黒衣の竜騎士の腕の中にいた。
……助かったの?
この人は、いったい――
私を乗せた黒竜は逃げる褐色のドラゴンに迫っていた。目の前で槍先が弧を描く。
私を拐ったと思われる男の首が胴から離れ、大量の血が噴き出した。
この竜騎士は、私を助けてくれたの?
それとも、獲物の奪い合いを、しているだけ?
ほんの数秒で戦場からかなり離れ、貴族の別荘とおぼしき山荘の前に着地した。
男が私を抱いたままふわりと跳び、ドラゴンから降りる。
地面に下ろしてもらえたけれど脚が震えて上手く立てない。男の黒い騎士服にしがみついてしまった。
「大丈夫か?」
「は、はい。申しわけありません」
なんとか自分自身に気合を入れて脚に力を込める。
脇の下を支えられ、しがみついていた手の力を抜くと男の顔を見上げた。
頭ひとつ分以上は身長差があるみたい。
私をじっと見つめる男は、真っ黒のつやつやとした髪に銀色の瞳の、恐ろしいほど整った容貌をしている。
恐ろしいほどというか、本当に恐ろしい。悪魔のような妖しい美貌の人だった。
銀の中に紫の光が見えたような。まさか……
先ほどの凄惨な光景にこの魔力とプレッシャー。体は凍りつくのに心臓は痛いほど鳴っている。
歯の根も合わないなか、一刻も早く帰りたくて必死に声を出した。
「あ、あの。た、助けてくださったこと、感謝いたします。わ、わたくしは――」
「名前は!?」
「え?」
なんだか必死な感じで聞かれた。
名乗れと言っているの? いま名乗ろうと思ったのだけれど。
でも、身分を明かせば危険が増える。
やめたほうがいいかしら。どう見ても邪悪そう。
「名前を教えてくれ! 俺はレギアス」
レギアス、聞いたことがあるような。
でも、黙るのも嘘をつくのも怖い。
皇女の名前と、気づかれませんように。
「わたくしは、レティシアと申します」
「レティシア……レティシアか」
噛み締めるようにつぶやくと、レギアスと名乗った男は心底嬉しそうに笑みをこぼした。邪悪さなんて欠片もなくなって、同年代の、二十歳に満たない男の子に見えてくる。
な、なんなの? この破壊力のある笑顔は。
どうしよう、心臓がますます苦しい。
「あの、わたくしを仲間の元へ戻していただきたいのですが。お礼はいたしますので」
すると、突然レギアスの雰囲気が不穏なものに変わり……
「ダメだ」
突然柔らかな感触が唇に触れた。
私、キスされてる?
すぐ目の前に長い睫毛に囲まれた銀の瞳が……
虹彩に細かく散った紫……これは、この瞳はやはり!
押し付けられた唇が離れていき――
「お前はもう俺のものだ」
また唇を塞がれた。
繋がる熱に体の力を奪われる。
なんとか逃れようと足掻いたけれど、レギアスの体はビクともしなくて。
これってまた私、拐われてしまうのかしら。




