献花
久しぶりに朝早く目覚めて、リビングで本を読もうと寝室から出てきた時だった。
「陛下、紹介したい者たちがございます」
「ハンナ?」
まだ五時なのに……?
ハンナの目線を追うと、知らぬ間に20人以上も跪いている。驚くほど気配がない。
侍女や近衛のほかに、使用人や官僚なども混ざっている。
レギアスは気づいていたのか何ごともない様子だ。
「どういうこと?」
「半数しか集まれませんでしたが、陛下に従う暗部にございます」
「あ……」
暗部――護衛から諜報、暗殺までこなすという隠密集団。皇主直属の部隊もいるとは聞いていたけれど。
「我らはあの夜、前両陛下の護衛を拝命しておりました。陛下にはお詫びのしようもなく――どうか、この命、御裁きに委ねたく存じます」
前列の四人が進み出て嘆願する。
「そんな……。いい? あの影の魔術はわたくしですら気配を掴めないの。あなたたちにどうにかできるわけがないでしょう?」
この者たちは、誰にも言えず、苦しんでいたのだ……
決して日の目を見ることもなく、全てを捧げる者たち――
「お父様とお母様を、守ってくれて、ありがとう。他のみんなも、ずっとわたくしと両親のために力を尽くしてくれていたのね。これからもわたくしのために、力を貸してちょうだいね」
「はっ」
彼らは感じ入ったように頭を下げると、両膝をついて祈りを捧げた。
それから話を聞くと、いま来ているメンバーのほとんどは私と両親の護衛が仕事だったらしい。
残りは諜報のため国外などに出ているのだとか。
皇帝の暗殺はできないのか聞いたところ、鋭意努力中だった。殺るか殺られるかで……負けたのね。
「ハンナ……18年、ずっとわたくしを、陰に日向に守ってくれていたのね。ありがとう」
暗部が帰り、紅茶をいれてくれようとするハンナに声をかける。
「陛下をお守りするのがわたくしの生きがいであり、幸せなのです。感謝を申し上げたいのはわたくしの方でございます」
ハンナは柔らかに微笑むと、何ごともなかったように作業に戻っていく。
「あの、レギアス様。もしかして私たちの、その、夜のこととか……潜んだ暗部に、見られてました?」
「あー……見られてはいないが、聞き耳は立ててただろうな」
「報告を聞いて予測できたはずなのに、私ったら……」
「追い出した方が良かったか?」
「……彼らの仕事を、奪うわけには……」
恥ずかしくて死にたい気分だけれど……受け入れろ、私。
悶えるうちに時が過ぎ、私は特別な祭祀服に着替えていた。侍女に任せてただ立っているだけだけれど。
生成りに辛子と鶯が合わせられ、伝統の衣装が重々しく重ねられていく。
初めて皇主として民の前に出ると思うと、喉が渇いて落ち着かない。
目の前で着替えを眺めるレギアスは出会った時の黒い騎士服に身を包み、「綺麗だ」なんて言いながら手を握ってくる。
凛々しい姿にますますソワソワして。でも指に絡む温もりに、いつしかほどよく落ち着いた。
しばらくして、国葬会場の正門前広場は人で溢れていた。
各国の大使も駆け付け、衛兵も各所に配備されてものものしい。
マティアス王子も国葬期間中の警備を買ってでてくれたらしく、王子自身も含めた竜騎士が交代で空を飛んでいる。
帰らないのは、何か思惑があるのだろうか。
レギアスの横顔を盗み見る。彼は、何も言わない。
いまはもう、考えたくなかった。
私は最初の花を手向け、注目を一身に浴びている。
棺の中の両親は二人とも綺麗に化粧が施され、最後の記憶とは違うとても穏やかで美しい顔で。
かつてと変わらず仲睦まじく並ぶ両親に、なんだかほっとして、目に涙がにじむ。
レギアスが慌てて駆け付けるから、少し笑ってしまった。
私は照れ隠しに虚空術で笏杖を取り出すと、意識を国中に張り巡らせる。
涙の代わりに、全ての国民に花びらが届きますように。みながまた、希望に笑えますように。
笏杖を空に掲げると、雲の切れ間から数条の光が差し込み、金色の花びらが舞い落ちていく。
神々しい光景に民衆は声を失い、涙を流して私に向け祈りを捧げた。
あらかたの祈りが終わるのを見届けると、レギアスに肩を抱かれながら中央奥の席に戻る。
「もう、そんなに心配しなくても泣いたりしないんだから」
「ごめん……」
「きっと私たちの睦まじい姿を見てみんな安心したと思うわ。いい感じに誤魔化せたと思うし」
「そうだな。綺麗だった」
昼になると、いち早く駆けつけてくれた大使たちの対応にひたすら忙殺された。ランチとディナーの席でももてなして、クタクタになって一日が終了した。
これがあと九日続くと思うとクラクラする。
「レギアス様、ありがとうございます。今日はたくさんフォローしてくれて」
寝支度を終え、ベッドに潜り込みながらレギアスに感謝を伝えた。
ふと枕元を見ると、枕元の魔術書が昨夜とは違うものに変わっている。あまり眠っていないのね……
「みんなレギアス様の完璧な王子様ぶりに興味津々で、おかげで楽でした」
「レティシアが疲れてるみたいだったから、頑張ったよ。ご褒美、期待していいよね?」
隣に横たわるレギアスが半ば覆いかぶさり、私の髪をすくって口付けながら色っぽく微笑んでいる。
疲れてるっていうのにこの男は。今日はどうやってかわそうか。
「えっと……レギアス様にお願いがあって……」
「何? 言ってみなよ」
「昨夜みたいに、レギアス様に優しく抱きしめられながら眠りたいなって」
「それは……すぐに眠りたいって意味?」
「今日はかなり疲れてしまって……ダメですか?」
レギアスはしばらく考えたかと思うと、伏せた睫毛のかかる瞳が妖しげな光を放ちだした。
「ふ、ふふふっ……悪魔に願いごとをするなんて、レティシアは勇気があるね」
え? なに? なにを言い出したのこの人。
「レティシア、願いには必ず代償が必要だって知ってるかい?」
薄笑いを浮かべる悪魔モードのレギアス。
うん、怖い怖い。
二日連続で我慢をさせたら、後悔するほどまた抱き潰してやるぞとか、そういうことかしら……
「……知りません。おやすみなさいレギアス様」
抵抗すれば逆効果。あえてレギアスの胸に抱きついて目を閉じた。
「こ、こらレティシア! ……ぐっ……今日だけだからな! 二度ともう我慢なんてしないからな!」
子供みたいに怒ってる……ちょっと可愛いかも。
可笑しさとレギアスの匂いで、緊張が解けていく。
「ほんとに寝るのかよ……」




