変化
「レギアス殿下! いい加減にしてください!」
ハンナの怒り狂う声が……
「邪魔するな」
「もうとっくに朝でございますよ! 陛下を解放して差し上げませ!」
「嫌だ」
レギアスが、また私の上に……もう、疲れた……
「ハンナ……どうにかして……」
「陛下! ただいまお助けいたします!」
侍女たちが女性近衛を連れて一斉に寝室に入ってきた。これでもう、さすがに安心かしら……
「みんな、ありがとう……」
疲労困憊で意識を保てず、私はやっと深い眠りについた。
⋆ ⋅ ⋆ ⋅ ⋆
なんだかいい匂い。お腹がキュルキュルと鳴る。
「陛下、昼食のお時間ですが、起きられますか?」
「ん……」
ここは……リビングだ。カウチで寝てる?
この頭の感触は、人の……レギアスの太ももだ!
ガバッと起き上がり、慌てて体を離した。
手首を掴まれて引き寄せられる。
「は、離して!」
「どうして」
「もういや! 触らないで!」
「なんだ、レティシアも悦んでただろ?」
「よ……」
侍女たちが見てる前でなんてことを!
たぶん真っ赤になってる私。身体中が熱い。
恥ずかしがっている場合じゃない。
反論、反論しなきゃ。
「げ、限度というものがあるでしょう」
「俺にはない」
なんですって!
しかも私、認めたみたいになってる?
どうしよう絶対調子に乗らせてしまった。
「もう! いいから離して! あっちへ行って! あっちへ行って!」
涙目で手にしたクッションを何度もバフバフと叩きつけた。
レギアスは心底楽しそうに笑っている。
悪魔だ。本当に悪魔だわこの男!
「どうしてあなたはそんなに元気なのよ」
やっと離してもらえた。
息を切らせながら睨みつける。
これが、精力絶倫というものなの?
まさか、こんなに大変だなんて……
「俺はレティシアがいるだけで力が湧いてくるからな」
「な、何よそれ」
愛の力とかいうならそんなものはいらないわよ?
聖印を与えたら、さらに手がつけられなくなるんじゃ……
結婚式にあげるなんて約束しなければよかった。
「そんなに嫌だったなら結界使えばよかっただろ」
「そ、それは……」
あんな状態で術式を構築するなんて。
でもそれを言ってしまっていいものか。
言わないと、もしかして合意だと思われる?
「う……」
つい子供のように泣き出してしまった。
こんなの、想定外すぎる。
もしかして、これから毎日ずっと?
「もういや……私、本当に生贄になったみたい」
侍女たちがレギアスに冷たい視線を向けながらハンカチで涙を拭いてくれる。
温かい紅茶も差し出され、香りと湯気の優しさを噛み締めながらひと口すすった。
「主様!」
「え?」
あるじさま?
窓の方から誰か駆け寄って……私?
私がもう一人? 私、実はまだ眠っていて夢を見ている?
「……もしかしてシャリーア?」
「主様! わかっていただけて嬉しいですの!」
まさかの……それにしても私そっくりですごい。
「シャリーア、人型になれたのね」
「主様の聖印で力が強化されたおかげですわ」
「でも、なぜ私の姿?」
「だって、好きな人と同じになりたいですもの。影武者だってできますし」
そんなことまで考えて? さすがドラゴン、賢い。
驚きでいつの間にか涙が引っ込んでいた。
「いや、無いだろ。こいつヴァルグの番だぞ? レティシアと同じ姿で他の男とイチャつくとかありえん」
この男は相変わらずだ。
「主様を泣かせるうえに、器まで小さいとは。主様、こんな男は捨ててしまえばいいんですの」
「なんだと。お前は殺してヴァルグの番は選び直しだ」
「ダメよ? シャリーアを傷つけたら許さないんだから」
ソファの前に膝をついたシャリーアを抱きしめた。
レギアスの顔に青筋が立つ。雌ドラゴン相手でも嫉妬するらしい。
睨み合う二人に挟まれていると、ギャウっとバルコニーから声が響いた。
「ヴァルグ? あ、ヴァルグも人化するために聖印が欲しいわよね。いま行くわ」
朝は死ぬかと思ったけれど、聖印と睡眠のおかげか動けるみたい。よかった。
柱時計を見るともう昼だ。ずっとここで眠っていたのか。
バルコニーに出ると曇天のなかヴァルグが寂しそうにしていた。首を差し出してくるから「ごめんね」と言いながら首元に聖印を刻んであげる。黒いから光が映えていい感じ。
うんうんと満足していると、空気が揺らいだ。
ドラゴンが黒い霧となり目の前にまとまる。
ほんの数秒でやんちゃな雰囲気の美少年になった。
私より少し背が低い。黒髪に緑の瞳で、12歳くらいに見える。
瞳孔がドラゴンの時と同じで縦に細長い。少し異様な雰囲気だ。
「レティシアありがと!」
ヴァルグは無邪気で可愛らしい笑顔を向けてくれた。
だが私の隣を見ると一転して怒気を放つ。
「レギアス、シャリーアはオレの番だ。手を出したら許さないぞ!」
そう宣言してヴァルグはシャリーアに抱きつき――レギアスに殴り飛ばされた。
「きゃあっ! なんてことするのよ!」
「レティシアと同じ姿の女に抱きつくのは許さん!」
ヴァルグは百メートルほど先、国葬会場の正門前広場まで飛ばされた。
広場外周に集う市民献花の列から悲鳴が上がる。
ヴァルグはくるくるっと綺麗に回転して、祭壇前の石段に着地した。コウモリのような翼を生やし、すぐにバルコニーまで飛んで戻ってくる。
中間の姿にもなれる? 便利。
さすがドラゴン。って感心してる場合じゃない。
騒然となった人々をどうしよう……
衛兵たちが慌てて駆けつけている。
祝福で収めようと虚空から笏杖を取り出すと、レギアスに抱き上げられた。民衆に完璧な王子様の笑顔で手を振っている。
また勝手な……とりあえず花びらだけ降らせておこう。
「姫様の婚約者じゃない?」
「あれが最強の竜騎士か!」
ざわめきが熱気を帯びてしまった。
レギアスは素知らぬ顔ですぐに背を向ける。
衛兵の制止する声が聞こえるから任せよう……
「しかたがないですわね。影武者は必要な時だけにしますわ」
騒ぎを横目にシャリーアはまた変化した。白髪に紫色の瞳が綺麗な、完璧な造形の長身美女だ。
やはり瞳孔が縦に細長いから美しい分さらに怖い。
レギアスと少しだけ同類かもしれない。
「シャリーア、人間の姿も綺麗だ!」
ヴァルグが懲りずにまた勢いよく抱きつく。
「ヴァルグ様。何度も言っていますが50年経ってから出直してきてください。私は子供は趣味じゃないので」
「子供じゃない! もう生殖能力はちゃんとある!」
「はいはいそうですか。大人の魅力も獲得してくれたらお相手いたしますわ。こんな抱きつき方をするのでは全く無理ですので、精進してくださいね」
シャリーアがため息をつきながらヴァルグの腕を丁寧に外していく。
「えっと、ヴァルグ……頑張って」
「お前……情けねえ。こんな女、力ずくでやっちまえよ」
「レギアス様。力ずくとか、良くないと思います。もう、本当に野蛮なんだから」
「いや、こいつらドラゴンだし。知能は高いけど強さが全てだし」
「オレ……力でもまだ勝てない」
シャリーアから剥がされたヴァルグがしょんぼりと肩を落とした。




