剣戯のあとで
「わたくしと、レギアス様が?」
「ああ、戦いたいんだろ?」
なんでもないことのように言う。
結界のキューブで階段を作り、シャリーアから降りるとレギアスの前に立った。
「わたくし、手加減というものができなくて……」
「どういう戦い方になるんだ?」
「結界の力で切り落とすしか」
「あー。……そういえば、剣も使えるだろ?」
ぎくり。見抜かれていたんだ。
「嗜み程度には。頑張っても全然上達しなくって」
「全然筋肉ないもんな」
「これでも走り込みや素振りも、毎日のようにやっていたのです」
レギアスは同じ歳なのに魔術も剣術も敵わない。惨めだ。奪理結界にしたって、油断していなければ捉えられるかどうか。
「まあ、向き不向きがあるからな。わかった、俺は手を出さないから、好きなだけ打ち込むといい」
「え?」
レギアスは周りを見回すと、巨木を剪定して枝から木剣を作ってしまった。魔力で勝手に切れたり削れていく様は不思議としか言いようがない。
相変わらず……器用な。
感心していると木剣を渡された。自分の分の木剣をかざし私と対峙するレギアス。
「ほら、好きなように打ってきていいぞ」
どうしよう。
気分的にはレギアスをボコボコにしたいけれど。
せっかくだからお言葉に甘えようかしら。
思い切って木剣を振りかぶり、レギアスの右脇腹を狙って上から横に薙ぐ。
レギアスは涼しい顔で剣を傾けて防ぎ、コンと軽快な音が響く。続けざま首もとを狙って切り返し、また防がれる。
どうせ当たらないと頭ではわかっていても、高揚で心臓が高鳴る。剣士になった気分でひたすらに畳み掛けた。
レギアスも楽しそうに笑って最小限の動きで防ぎ続ける。コン、カツン、軽やかな衝突音が連続する。空気を切る木剣の音。楽しい!
「姫様!」
アルフォンスと近衛たちの声がレギアスのさらに向こうから響いてきた。見るとこちらに駆けてくる。
最初の浮島から転移陣を使ったのね。慌てて呼び間違えているしもう。
「あっ!」
注意が逸れたせいで躓いた。手から木剣がすっぽ抜け、レギアスの頬を掠める。私の体も宙に投げ出された。
ふわりとレギアスが受け止めてくれて、そのまま地面に寝転んだ。
「ははは。楽しいな」
「私のドジがそんなに可笑しいですか」
むくれながら顔を上げると、レギアスの頬から血が流れている。
「ど、どうしてあんなものでケガをしているのですか! あなたほどの魔術師ならば防御魔術を仕込んでいるでしょう?」
「ああ、レティシアからの感触なら全部受け止めたいからな。レティシア限定で発動しないように設定した」
「ええ……」
なんだろう……偏執的な愛情というものなのかしら??
うすら寒いものを感じつつも、なぜか悪い気はしなかった。
「治して差し上げますから、じっとしていて」
「ああ、頼む」
レギアスの左頬に指をかざし、治癒術を施す。
薄皮一枚切れただけだから瞬時に傷が塞がる。ついでに浄化術もかけて血をきれいに消した。
「ありがとうレティシア」
手を引っ込めようとしてレギアスの左手に掴まれた。
レギアスに馬乗りになりながら指を絡めて見つめ合って……なにこれ。
動悸がして、顔が熱くなって……どうしていいか判らず固まってしまった。
「姫さま! ご無事ですか!」
アルフォンス以下、近衛五名が息を切らして駆け寄ってきた。
いいところに来たというべきか、恥ずかしいところを見るなというべきか。
「見てのとおり、わたくしが悪魔をやっつけたところよ」
「はははっ、俺が地に付けられたのは初めてだ」
そう言いながらレギアスは起き上がり、私を支えて立たせてくれる。ついでに魔術で洗浄してくれた。土埃も汗もすっきり。凄い。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。わたくしはシャリーアに乗って帰るから、あなたたちはまた転移陣を使いなさい」
「はっ」
近衛たちは何か言いたげにして下を向いた。
私はいま、彼らからはどのように見えているのだろう。
日はもう傾き、皇都の空は赤く燃えている。
シャリーアにまた乗せてもらって空を滑り降りると、まるで幻想の中に溶け込んだかのようだった。
ドラゴンたちは自室に繋がるバルコニーに降り、そこでそのまま休んだ。ドラゴンが二頭寝そべってもちょうどいい広さでどうも気に入ってくれたみたい。ここにいてくれたらすぐに乗れて便利だ。
シャリーアが頭を擦り寄せてくるから抱きしめてから部屋に戻った。
「陛下!」
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
きっと御前会議の顛末も聞いているだろう。ドラゴンに驚く侍女たちはすぐに心配顔になった。
「大丈夫よ。何も問題ないわ」
微笑んでみせたけれど、信じたかしら?
それからマティアス殿下を交えたディナーの予定を、疲れを理由に断った。
少しくらいは、問題から目を背けていたい。情けないけれど、みんな何も言わずに受け入れてくれた。
レギアスと二人で食べるディナーでは、戦いの興奮が冷めずにたくさん喋りたくなって。そんな私の様子が可笑しかったのか、レギアスは何も聞かずに穏やかに笑っていた。
「レギアス様、あの……」
「なんだ?」
寝支度を終え、当然のようにレギアスと二人きり。
なんとなく何も言えずに避けて寝ようとして、いま覆いかぶさられている。
「もうないって、今朝言いましたよね?」
「我慢できるとでも? って俺も言った」
「せめてもう少し、あいだを開けませんか」
「今度は俺の番だと思うんだ」
「な、何が?」
「憂さ晴らし」
笑うレギアスの目には遊び心と欲望が混ざり合っていて。
そういえば……レギアスだって疑われて殺気を出すほど怒っていたんだ。
さっきまで、私を優先して我慢してくれていた?
まあ、いいか。どうせじっとしていたら余計なことを考えて眠れなくなるだろうし。
自分自身に言いわけをして、でも本当は分かっている。
私自身が、レギアスの温もりに逃げ込みたいのだと。
抵抗をやめて顔をふいと背ける。
レギアスの嬉しそうな息づかいとともに口付けが降ってきた。




