白竜の啼く庭
部屋に戻り侍女に紅茶をいれてもらったけれど落ち着かず、私はレギアスと聖苑に出ていた。
「いつもなら動物たちが寄ってくるのに」
可愛らしい動物を撫でて癒されたかったのに、みな隠れてしまっている。どうしたのだろう。
「畏れてるんだ」
「え?」
「神気が怒りに満ちてる」
「もしかして、国民がみな私の怒りを感じ取っているとか、あるの? 悲しみとかも?」
「動物は勘が鋭いだけだ」
国土を覆う神力が私の気分と連動はさすがにない、わよね? 本物の女神じゃあるまいし……
「そうだな、恐れ知らずのところへ行こう」
そう言ってレギアスが空を見上げると、氷の板が空中に並び美しい曲線を描いていく。
一番小さくて低い浮島まで、あっという間に階段ができあがった。
「素敵……」
天に続く階段。本の中の世界みたい。
すぐそばの最下段に足を乗せる。カチカチの氷は滑ることはなさそうだ。
スカートをたくし上げて駆け上がった。
振り向くとレギアスがゆっくり歩いているのに、なぜか私と同じ速さでついてくる。
近衛たちも慌てて上ってくる。
何段上ったろうか、息を切らせながら顔を上げる。
氷の階段の先には、森の緑と湖面の碧が広がっていた。手前の草原には四阿がぽつんと立ち、そのそばに白と黒の巨大な影が並んでいる。
あ、動いた。
横たわっていた二頭のドラゴンが首をもたげ、こちらを見つめる。黒竜ヴァルグと、陽光を受けて輝く純白の竜だ。蛇のような頭部に鳥に似た翼。どこにも棘がなく、滑らかな輪郭をしている。
「綺麗……」
「シャリーアだ。レティシアに似合う、美しいやつを連れてきた」
「わたくしに? 乗れるのですか?」
「ああ。訓練が必要だが」
浮島に足を踏み入れると、また自然に駆け出していた。近くで見ると鱗は陶磁器のようにつややかで、硬さを感じさせない。
「シャリーア、わたくしはレティシアよ。よろしくね」
白竜は頬を擦り寄せてきた。すべすべとした感触が心地いい。
「人懐っこいのですね」
「いや、こいつは超絶プライド高くて苦労したんだが……」
「そうなのですか?」
「俺は嫌われたが、ドラゴンは強いものになびく。いまのレティシアの覇気が気に入ったんだろ」
話している隙にドレスのリボンを咥えられ――気づけば背中に持ち上げられていた。
「きゃっ……わあ、見晴らしがいい! 背中までつるつるね……掴まるところがないわ」
「鞍を作らせよう」
「美しさを損なわないようなものを……あ、そうだわ」
不可視の結界で鞍のように固定する。ぴたりと安定した。
「結界術、便利だな」
「ふふっ、いい感じです」
音もなく翼が広がり、ふわりと空に浮かぶ。重力そのものを操っているらしく、羽ばたかずに静止している様子は不思議だった。
「おい、勝手に飛ぶなよ? いま遠乗りなんてしたら問題になる」
「大丈夫。浮島を回るだけですわ。見ての通り、身を守るのは得意なのです」
「ちょ、意思疎通できてないだろ!?」
私の言葉を受けてか、シャリーアはさらに高度を上げる。
慌ててレギアスがヴァルグで追いかけてきた。
「俺の連れてきた竜で何かあったら、俺の立場が危ういんだぞ!?」
珍しく外聞を気にして焦っている。
突然、シャリーアが鋭く身を反らせた。
大気が震える。次の瞬間、シャリーアの口から透明な何かが放たれた。レギアスの前に展開された曲面のシールドを叩く。
「……波動? 音波かしら」
波紋のように空間が歪んでいた。色んなブレスがあるものなのね。
「やってくれるじゃねえか。負けて連れてこられたのを忘れたか?」
「酷い……無理やりだったの? 嫌だったわよね。そうだ、聖印をあげるわ」
私は首元に聖印を刻んだ。白い肌に七色の光が輝く。
レイアに続いて二つ目だけれど、まだまだいけそう。女神の生まれ変わりといわれるだけのことはある。
「な、それは……」
「レギアス様には結婚式の時に差し上げますわ」
「そ、そうか……」
そのとき、シャリーアが濁った金切り声を上げた。
空気が震え、耳ではなく頭蓋の奥が共鳴する。ヴァルグが暴れ、レギアスが顔をしかめて耳を塞ぐ。やはり音波だ。精神を直接叩く攻撃?
続けざまに翼の先端から三日月状のエネルギー刃がいくつも放たれる。レギアスは即座に多重シールドを展開。次々と防ぐが機動を奪われて防戦一方だ。
刃の雨に紛れてシャリーアが突進する。閃く翼がシールドを切り裂き――レギアスはヴァルグを蹴って後方へ跳んだ。
必死に目で追ったけれど、初めての急加速に耐えられるわけもなく。視界が――白く霞んでいく――
……気づけば、柔らかな背の上に横たわっていた。
見上げると青空。周囲には草原と岩肌。どうやら二つ目の浮島に着いたらしい。
起き上がるとシャリーアが首を後ろに伸ばして心配そうに見ている。
ヴァルグもレギアスもこちらを見て無事な様子。
「レティシア、大丈夫か?」
「ええ、なんとか。情けないところをお見せしました」
「こいつ、雌なのに好戦的なんだ。……別の竜を探し直すか」
「とんでもない! わたくし、シャリーアでなきゃ嫌です。いまの戦い……とっても胸が高鳴りました」
「……そ、そうか」
「もう少し続いていたら、わたくしも結界で援護できたのに」
私も一緒に戦いたかった。
けれど……
もう少し高度な結界を使っていたら、気を失って解除されていた。
冒険は、やはり国主のすることではない。
「じゃあ、次はレティシアが俺と戦ってみるか?」




