二人きりの夜
「今日から俺もこの部屋に住む」
「えっ!?」
部屋に入って侍女たちに迎えられたあと、突然レギアスが口を開いた。
「レティシアの結界、術者には破られる可能性あるんだろ? 影の魔術なんて系統的にもヤバそうだ」
「そ、そうですが……」
普通に考えれば、私の結界術と同じく空間支配系だ。扱える者は世界に十人といないといわれる、失われた時間支配系に並ぶ最強の魔術系統。
同じ空間支配系の術者に解析されたら、どんな結界だって破られる可能性はある。
「俺がずっとそばに付いてたほうがいいだろ」
「そ、それは……そうしてもらえたら、安心ではありますけど……でも……」
「トイレと風呂は嫌だろうから扉の外で待つ。そのあいだは結界を何重にも重ねて警戒してくれ」
「え、もう決定なのですか!?」
ちょっとどうしよう……この感じだと寝室にも付いてくるの? もしかしてひとつしかないベッドで同衾!?
新しくベッドを入れるのは……無駄に広いから置けないことはない。でも、事情を知らない者が見たら不自然よね。
昨夜みたいに突然襲われるかもって考えたら、一人では眠れそうにないのは確かだ。
守る代わりにって当然のように体を要求されたりとか……あるかしら。
「ハンナ、このことを報告して俺の荷物を運び入れてくれ」
「かしこまりました」
ハンナったら、反対するそぶりも見せない。ほかの侍女たちも。
刺客に拐われるのに比べたらレギアスにベッドで襲われるくらいなんてことないものね。どうせ既成事実はあることになっている婚約者だし。
「とりあえず風呂に入ってきたらいい。疲れたろ?」
「は、はい」
この流れでお風呂って……準備してこいって言われている気分。違うと思いたいけど。
入浴中は結界を三重に施すことにした。全てに違う種類の解析阻害を組み込む。
レギアスの待つ扉の外まで浴場を少し大きめに囲い、いざという時には駆けつけてもらえるようにした。
入浴を終え、彼がお風呂を使う間に夜着へと着替える。足首まであるドロワーズ風のパジャマで、そんな気はないとアピールだ。
レギアスはすぐに出てきた。夜はナイトガウン一枚で過ごすらしく、逞しい胸筋が襟から覗いて目のやり場に困る。
なんでも魔術で洗浄ができるとかで、本当はお風呂の必要はないらしい。不潔だと思われたら嫌だからいちおう入るとかおかしなことを言っていた。
レギアスの魔術は本当に便利で、髪の毛を一瞬で乾かしてくれる。
「レギアス様って凄いのですね。他にはどんな魔術が使えるのですか?」
「特殊な系統は苦手だ。属性系とか基本的なものなら高度なものもたいていは使える」
「全属性ですか? 凄い」
「護衛のあいだ暇な時間もあるだろうから、魔術書でも読むかな。最近腕が上がったからいろいろ覚えたいんだ」
「それはよいですね。この部屋にも少しありますが、書庫から持ってきてもらいましょう。影の魔術について少しでも記載がある魔術書も、どこかにあるかも……しれません」
レギアスの魔術を見て少し気がそれていた頭に、昨夜の影の魔術師がよぎった。悲しみと怒りがまた怒涛の如く襲いかかってきて、心にどす黒いものが広がる。
サラに刻んでもらった聖印の効果でかなり落ち着いたはずだけれど、怒りに震えていなければ悲しみと心細さでいまにも気持ちが折れそう。
「魔術なら俺の母親が詳しい。いまはどこにいるか分からないが探すように言っておく。レティシアはもう眠ったほうがいい」
魔術の腕は母親譲りなのね……
レギアスは寝支度が終わるなり私を抱き上げて寝室まで運んでいく。私はもうどうなってもいい気分で、彼の胸に顔をうずめた。
キングサイズのベッドに下ろされて布団をかけてくれると、レギアスも反対側にまわってさっさと横になる。
指先が触れてギクリとした。けれど、そのまま手を握られただけで……
「おやすみレティシア」
「おやすみなさい……」
何もせずただそばで守ってくれるつもりなんだ。ちょっと感動してこらえていた涙がにじんできてしまった。
レギアスに手を握っていてもらえるのは、悔しいけどすごく心強くて、安心する。
もう涙とともに嗚咽が漏れてしまって、止まりそうになかった。
「レティシア」
「ごめんなさい、少し気が抜けてしまって……」
レギアスは私を引き寄せ、胸にかき抱いた。やっぱり、いい匂いがする。
さんざんまとわりつかれて慣れたのか、もう殺気を出していなければ怖いとは思わなくなったかも。
「さっきみたいに泣けばそのうち眠れる」
「……あんまり優しくしないで。こうなったのは、私のせいなんだから……」
「そんなわけないだろ」
「だって、こうなる可能性はあるってわかっていたもの。油断しないで私がちゃんと護ってたら、お父様とお母様は、いまもちゃんと生きてた」
私を抱く腕の力が強くなる。苦しいけど、いまはそれが心地よかった。
「レティシア……二人の仇は必ず俺がとるから、もう自分を責めるな」
「嫌よそんなの。あの術師も、あの術師に命令したヤツも、私がこの手で殺すわ!」
「レティシア……」
「ふふ、もう頭の中が怒りでいっぱいになっちゃった。しばらく眠れそうにないわ」
「レティシア、もうやめろ」
レギアスに抱きすくめられて、苦しくてもう喋れない。実力行使にもほどがある。これじゃ息もできない。
もがいて苦しさをアピールして、ようやく離してもらえた。
「もう。眠らせたいんだったら、私を好きにしていいわよ? ほら、襲いかかりたかったんでしょう?」
横になったまま腕を広げて見せた。
「好きなだけ酷くしていいわよ? 今度は泣いても、やめないで……」
「やめろレティシア。俺はそんなことしたくない。このあいだは、悪かった。もうそんなこと言うな」
「いいから早く、私を酷い目にあわせて。いましなかったら、もうずっと拒否してやるんだから」
さすがに少し悩みだしたようでレギアスの動きが止まる。
「さすがにそうなったら、いつかまた襲いかかるかもしれないな」
「いいわよ別に。自分の身を守るくらい、その気になればちゃんとできるんだから。あなたからだって、皇帝からだって」
「いや、それは無理だろ。たぶん結界、壊せるぞ俺」
そう言いつつさらに悩みだした。
八つ当たりするなんてダメね私。好意を利用することしか考えてない。
レギアスの頬に手を添えると、初めて自分からキスをした。お詫びの気持ちと少しのイタズラ心を込めてそっと唇を重ねる。
これなら、私のせいにして好き放題できるでしょう?
レギアスは真っ赤になってアワアワしだした。
そのさまについ笑みが零れる。こんな時にも笑えるなんて。なんだか力が抜けてしまった。




