初めての冒険
――あの夏の日。
まだ世界が広くて、私が何ものにも囚われていなかったころ。
巨大な竜の背に取り付けられた船体が、風を切って空を渡る。
護衛の竜騎士が周囲を飛び、魔力シールドが風を弱めてくれる快適な旅だった。
着いたのは赤土色の岩を切り出したお城。
馴染みのない音楽とスパイスの香りが溶け込んだ夕暮れの空気を、胸いっぱいに吸い込む。
異国情緒にときめいて、でもパーティはいつもと変わらずお世辞だらけ。
雑踏からそっと抜け出し、走って、走って――
「何やってるの?」
たどり着いた中庭で、不意に背後から声がした。
子供の声だ!
ワクワクする。冒険の予感。
「わたしは怪盗ビビアン。お宝を探しているの!」
振り向くと、ストロベリーブロンドを縦ロールに巻いたとても美しい女の子が立っていた。
体格が変わらないから、私と同じ八歳くらい?
フリルとリボンを惜しげもなく使った、深い紫色のドレスを完璧に着こなしている。
何より綺麗なのは紫が散ってキラキラと輝く銀の瞳。
見つけた――私の、宝物。
「あなた、暇ならわたしの相棒になりなさい! 名前は……そうね、自分で決めて」
戸惑うように頬を染める彼女に畳み掛けた。
「えっと……じゃあ、レイア」
「レイアね! わたしの本当の名前とちょっと似ているわ」
こうして私たちは怪盗コンビになった。
私は嬉しくてたまらず、離さないようしっかりと手を繋いだ。
城中を探検して回ると、レイアは見た目に反して身軽で器用だった。鍵を開け、先回りして私を引き上げてくれる。
ぶっきらぼうに話す怜悧な表情が、はにかんだような笑顔でやわらぐのがたまらなくて。
私は夢中で大好きな冒険小説の話をして、彼女の笑顔を引き出そうとした。
「ハハハッ。ビビアンは最初天使かと思ったけど、凄く人間だね」
こっそり食べ物を拝借して興味津々で食べていたら、お腹を抱えて笑われた。慣れない味にリアクションをする様子がよほど可笑しかったらしい。
「天使はやめて。愚弄だわ」
「そうなの? 白いドレスが似合ってて、真っ直ぐなプラチナブロンドと金の瞳のせいかな? すごく神秘的で、綺麗だったから」
「私もレイアのこと、綺麗すぎてお人形みたいって思ったから、許してあげる」
「人形も……あんまり嬉しくはないね」
それから舞踏会を上の階から眺めて、こっそりとレイアの顔を盗み見た。すぐ近くで何度も目が合うたび、胸が怖いくらいに高鳴って。
「ねえレイア、わたし、最近使えるようになった術があるの」
そろそろ両親たちが探しているはず。
いま別れたら、二度と会えないかもしれない。
「良いことだらけの術よ。かけてもいいかしら? その、親友の……証に」
ドキドキしながら聞いてみた。
とっておきの、特別な印。
「もちろんいいよ!」
私はレイアの左手を取り、甲にそっと触れた。
刻む紋様を思い描き、強く願う。
まっさらの肌に花の紋様が浮かび上がり、虹色の光を放つ。
「わあ……すごい……」
レイアは頬を紅潮させながら銀の瞳をキラキラと輝かせた。
「わたしの近くにいると力が湧くのよ。何日か離れてると効果が切れちゃうけど、近づけばまた戻るの」
「永遠に消えない証なんだね……ありがとう」
レイアは花がほころぶように満面の笑みをこぼすと、左手で私の手を取って頬に押し付けた。
なぜだか酷く驚いて、思わず息をのんだ。
どうして……嬉しいはずなのに、こんなに胸が痛むの?
「どのくらい離れても平気なの?」
レイアがうっとりとした声で聞いてくる。
「えっと……」
私は恥ずかしさに耐えられなくて手を抜き取った。
レイアが残念そうに眉を下げる。
「かなり遠くても大丈夫なはずだけれど、分からない」
「じゃあ、なるべく近くにいなきゃね。ビビアンは、どこの国に住んでるの?」
そうだ、自己紹介をしなくちゃ。
「もうビビアンごっこにも満足したからきちんと自己紹介するわ。わたくしは――」
大きな足音が近づいてきて、つい言葉を止めてしまった。
「姫様!」
近衛のタイラーだ! 階段を駆け上がってくる。
「待って! お友達に自己紹介だけさせて」
「いけません。姫の友と知れたら、その子が危険です」
そんな……
タイラーは悩む隙に私を抱え上げ、また階段へと走っていく。
戸惑うレイアに手を伸ばすも届かず、聖印の光が次々と色を変えて滲んでいった。
大丈夫。聖印があればお互いに居場所がわかる。すぐにまた会えるはず。
その時の私は楽観的だった。
滞在は三日間。なんとかなると。
けれど即日の帰国が決まり、効果範囲を出てしまった。
抵抗する術ならいくらでもあったのに。
両親の心配しきった顔を見たら、もう何もできなくて。
――私はいつまでも、初恋に囚われたまま。




