塩善という名の重み…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月六日、午後十時過ぎ。
美琴たちは、カフェにある「おとぎ前線」の扉から「社通し」を使い、一気に「奥の院の郷」へと辿り着いた。郷の夜風が頬を撫でる中、神那は腕の中の「編みぐるみ」を、壊れ物を扱うように大切に抱え直す。
「さあ、みんな。『奥の院』の命婦大神様の元へ……」
美琴が先頭に立ち、一同を促した。
「じゃあ、みんなで行くわよ。まずは、この天・女・の・編・み・ぐ・る・み・をどうにかしないと……」
神那が強い口調で応じると、祈里も不安げな声を漏らしながら後に続く。
「うん。分かってる。沙希ちゃんも稲穂ちゃんも亜都ちゃんも付いてきて……」
一行は静まり返った郷を歩み、奥の院の社へと到着した。そこには警護にあたっていた一人の眷属が立っていた。
「あれ、美琴様。今晩は奥の院の社へ何か御用でしたでしょうか?」
眷属の女性が不思議そうに問いかける。
「ご苦労様です」
美琴は少し困った声を出しながらも、真剣な眼差しで返した。
「今、命婦大神様は御社の方にいらっしゃいますか?」
「はい。いらっしゃいます。ご用向きは……何か……緊急なことでも?」
「はい。出来れば早急にお会いしたいと……。お伝えする内容はお会いしてからお伝えしたいと、お願いいただけないでしょうか」
美琴のただならぬ様子を察したのか、眷属の女性は深く頷いた。
「分かりました。すぐに命婦大神様へお伝えに向かいますので、しばらくお待ちください」
彼女が社の中へと消えていくのを待つ間、祈里が神那の腕の中に視線を落とす。
「いまのところ、その編・み・ぐ・る・み・は大丈夫?」
「とりあえず、今のところは普・通・の・編・み・ぐ・る・み・のままね。何か変化が起こりそうな気配もないわ」
神那が答えた直後、眷属の女性が再び姿を現した。
「お待たせしました。命婦大神様がお待ちです。美琴様と皆・様・、どうぞこちらへ」
案内されるままに、六人は社の奥へと足を踏み入れた。
「命婦大神様、美琴様たちをお連れしました」
「ご苦労。そなたは下がってよいぞ」
命婦大神の厳かな声が響く。眷属が辞したあと、大神は六人を自らの前に呼び寄せた。
「さあ、美琴も皆も私の前に……」
並び立つ彼女たちの様子を見て、命婦大神は眉をひそめた。
「ど、どうした美琴……。そして、祈里も神那も、皆の様子がおかしいのだが……どうしたのだ」
その問いに、美琴は深々と頭を下げた。
「み、命婦大神様……。神那さん、編・み・ぐ・る・み・を!」
「分かりました……」
神那が差し出したのは、赤・ち・ゃ・ん・の・姿・をした編みぐるみだった。
命婦大神はそれを見た瞬間、困惑の声を漏らした。
「こ、これはなんじゃ?」
だが、じっとそれを見つめるうちに、大神の瞳に驚愕の色が走る。
「い、いや……これは……天・女・か?」
「はい。風の御女神様の使者なる者が前線カフェの方に現れて、これを私たちにと……」
美琴の説明に、大神はさらに混乱を深める。
「それはどういうことじゃ。わらわはウカノミタマ様より何も聞いておらんぞ」
美琴は畏まりながら、事の経緯を語り始めた。
「はい。風の御女神様の使者なる者の話では、この天・女・の・編・み・ぐ・る・み・は・有・明・海・の・天・女・とのことで……。こちらにあります『おとぎ前線』が、一・番・近・く・て・一・番・安・全・な場所だからと……それだけ述べて、あとは特に……」
「その話……おかしくはないか。有・明・海・の・天・女・であれば一・番・近・い・のは、大魚神社の海中鳥居でないか! そ・れ・に・安・全・と・い・う・な・ら・、他・の・天・女・達・も・い・る・は・ず・……」
大神の指摘はもっともだったが、美琴には答えようがなかった。
「はい。使者にもそのお話をいたしましたが、風の御女神様の御意向であるとしか……」
「わ、分からぬ……。ウカノミタマ様ならご存じかもしれまいが」
困惑する一同の中で、神那が恐れながら口を開いた。
「恐れながら命婦大神様、その使者は、これは雑・誌・の・懸・賞・だとも申しておりました」
「そうです!」
祈里も熱を込めて続く。「この天・女・の・編・み・ぐ・る・み・は人間たちが読む『月・刊・編・み・ぐ・る・み・マ・ガ・ジ・ン・』という本の特賞だとも言ってました。最・初・は・嘘・だ・と・思・っ・て・いましたが、本当にそのような本があり、風の御女神様の作品であるとも……」
「雑・誌・と・は・人・間・達・が・読・ん・で・い・る・本・の・事・じゃな。そして、これが懸・賞・の・商・品・だと……?」
命婦大神の戸惑いに、美琴が重ねる。
「使者が嘘をついている様子はございませんでした」
「では、その使者とやらは一体何者じゃ」
「人形司の『三十三代目塩善』と申しておりました。唐津の方からやってきたと……」
「……塩善」
その名を聞いた瞬間、命婦大神の声が微かに震えた。
「久・し・く・そ・の・名・は・聞・い・て・お・ら・な・か・っ・た・が……。そうか、その者は三十三代目か……。人間の命とは何と儚いものよ」
「命婦大神様は、そ・の・方・をご存じで……」
問いかける美琴に、大神は遠い過去に思いを馳せるような目を向けた。
「わらわが会ったことがあるのは二十八代目になるかの……。ただ、その話は確・か・に・間・違・い・な・さ・そ・う・じ・ゃ。……そうか、分かったぞ。美琴よ」
「はっ!」
大神は表情を和らげ、力強く宣言した。
「心配するでない。塩善とは千年以上も昔より、古の御神様たちの御使いとなっている人間の一族……。その三十三代目が言う通りにするがよい。ウカノミタマ様へはわ・ら・わ・が・お・伝・え・し・よ・う。よいか!」
安堵の空気が流れる中、祈里が恐る恐る尋ねた。
「恐れながら命婦大神様、この天・女・の・編・み・ぐ・る・み・は……これからどうしたら……」
「い、祈里……」
神那が嗜めようとするが、命婦大神は豪快に笑ってみせた。
「言うた通りじゃ。その三十三代目の申す通り、お前たちに託したのであろう。それなら、お前たちに任せる。ウカノミタマ様もわらわと同・じ・こ・と・を・お・っ・しゃ・る・であろう。良・き・に・計・ら・え!」
人知を超えた縁に導かれた小さな命を、美琴たちは自分たちの手で守り抜く決意を新たにするのだった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




