一番近くて安全な場所…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月六日、午後十二時四十分頃。佐賀県鹿島市の「前線カフェ」店内の奥座敷では、注文を厨房に告げ終えた美琴が戻り、塩善の向かいに座っていた。その傍らには、祈里と沙希が不安げに立ち尽くしている。
塩善は空腹に耐えかねた様子で、テーブルを指で叩きながら呟いた。
「まだかな、まだかな……お・腹・減・っ・た・な……」
その様子を伺いながら、祈里は沙希の耳元でヒソヒソと囁き声を漏らす。
「どうしたらいいんだろう?」
「話は本当でしたね。でも……私たち、どうしたら……」
沙希も小声で返し、困惑の視線を交わし合った。そこへ、美琴がお盆に乗せた料理を運んできた。
「お、お待たせいたしました。『前・線・カ・レ・ー・』のデザートセットです。別にご注文されていたドリンクと、セットのデザートは食・後・の・後・で宜しかったでしょうか」
美琴が慎重に皿を並べると、塩善はパッと顔を輝かせた。
「はい。ドリンクは店・長・特・製・メ・ロ・ン・ソ・ー・ダ・フ・ロ・ー・ト・でお願いします」
「承知いたしました」
カレーを美味しそうに頬張り始めた塩善から少し離れ、祈里と沙希が美琴に詰め寄る。
「美琴さん、この話は本当みたいですし……。でも、普・通・の・編・み・ぐ・る・み・ではないし……。私たち、どうしたらいいんですか?」
祈里の焦りを含んだ問いに、美琴は冷静に、だが眉根を寄せて答えた。
「今のところ、た・だ・の・編・み・ぐ・る・み・の状態みたいだから……。でも、何かのきっかけで元・の・姿・に戻るんだと思うの」
「で、でも……赤・ち・ゃ・ん・ですよ……。赤・ち・ゃ・ん・になったら、誰が育てるんですか?」
オドオドと心配する沙希に、美琴は一つの決意を告げる。
「今晩、店長がお店から帰ったあと、その編みぐるみを持って『奥の院の郷』へ行こうと思ってます。命婦大神様に一度、お尋ねしないと……」
「わっかりました~……。じゃあ、とりあえず、この塩善っていう子はどう応対したら良いですか?」
祈里が視線を戻すと、美琴も頷いた。
「もう少し、情・報・は・必・要・だと思うの……。ただ、今は食事中だから、隙を見ながら話しかけましょう!」
「わ、分かりました」
三人が顔を見合わせていると、不意に塩善のスプーンが止まった。口の中のカレーをモグモグとさせながら、彼は三人の顔をじっと見つめる。
「何・か・ま・だ・聞・き・た・い・こ・と・が・あ・る・な・ら・話・し・ま・す・よ。特・に・隠・し・事・な・ん・か・あ・り・ま・せ・ん・から。食事しながらになりますけど、質問があったらどうぞ」
あっけらかんと言い放つ塩善に、美琴は意を決して問いかけた。
「で、では……、今回のことは御神様が関わっていらっしゃいますが、それは偶・然・と考えて良いんでしょうか?」
「僕は嘘つきじゃないから話しますけど、偶・然・に・み・せ・か・け・た・意・図・的・な・こ・と・だと思います」
塩善は咀嚼を続けながら平然と答える。
「意図的であるなら、尚更、理由が分かりません。編・み・ぐ・る・み・は天・女・なんですよね? 狐や狸なら兎も角……」
美琴の困惑に、塩善はスプーンを動かしながら続けた。
「幻の編みぐるみ作家『しなとべのみこと』先生の言葉として話しますけど、一・番・近・く・て・一・番・安・全・なんだそうですよ」
「一・番・近・く・て・一・番・安・全・って、何が安全なんですか?」
祈里の問いに、塩善は少し首を傾げた。
「そこは本当に僕は分からないです。『一・番・近・く』という言葉の意味は何となく分かりますけど……『一・番・安・全』という意味は分からないです。僕・は・あ・な・た・達・がい・て・、面・倒・を・見・て・く・れ・る・か・ら・だと思ってるんですけど……」
「わ、私・た・ち・が・面・倒・を・見・る・ん・で・す・か・!」
沙希は自信なさげに声を上げた。
「わ、私は逆に、亜都ちゃんに……逆に面倒みてもらってるのに……」
「さ、沙希ちゃん……」
祈里が心配そうに声をかける中、美琴は思考を巡らせる。
「分かりました。『一番安全』は分からないんですね。でも、『一番近い』は分かると……」
塩善はカレーを食べ終えると、スプーンを空になった皿の上に静かに置いた。
「美味しかったです。お御馳走様でした。基本、甘・党・な・僕ですけど、カレーは別ですね」
ハハッと無邪気に笑った後、彼は真剣な眼差しを三人に向けた。
「で、『一番近い』の話でしたね? 実はこの編・み・ぐ・る・み・の・赤・ち・ゃ・ん・天・女・シ・ュ・カ・は、有・明・海・の・天・女・なんですよ」
「有・明・海・の・天・女・……。有明海の天女と言えば、有明海の秩序を守るために戦う『戦乙女』のこと……ですよね」
美琴の確認に、塩善は頷く。
「だから、有明海内で一番近い『おとぎ前線』があるのが、この場所。こちらの前線カフェさんだからじゃないのかと思いましたけど。あとの『一番安全』の方は、あなた達がいて、面倒みてくれるからだと思ってます。推測ですけどね」
「で、ですが……有明海に一番近いおとぎ前線は『大魚神社』の『海中鳥居』なのでは……。次・に・近・いおとぎ前線は間違いなくこちらですが……。それに、有明海の天女なら尚更、有明海で他の天女の方達といる方が、一番安全なんじゃないんですか?」
美琴の鋭い指摘に、塩善は「う~~~ん」と少し考え込んだ。
「確かにそうですね……。ですが、編・み・ぐ・る・み・作・家・し・な・と・べ先生は、ここが一・番・近・く・て・一・番・安・全・と言われたのは確・か・です。僕・に・も・真・意・は・分・か・り・ま・せ・ん・」
塩善はふう、と一息つくと、表情を和らげた。
「もう、僕がこの件で話せるのは、これくらいかな……。すいません。そろそろ、店・長・特・製・メ・ロ・ン・ソ・ー・ダ・フ・ロ・ー・ト・と今・日・の・デ・ザ・ー・ト・の方もお願いします」
厨房では、店主の碧海が依然として腕の中の編みぐるみを抱え、彼らの会話の断片を耳にしながら、複雑な表情でメロンソーダの準備を始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




