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【完結済】真説・おとぎ前線 【壱】〜祐徳門前商店街編〜【小説版】  作者: 久遠 魂録


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塩善からのお届けモノ

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

七月六日、午前十一時三十分。佐賀県鹿島市の「前線カフェ」店内では、平穏な昼前の空気が一変し、張り詰めた緊張感と困惑が渦巻いていた。


店内に入り、自己紹介を終えた和装の少年を、おとぎ前線の四名と亜都あと稲穂いなほが取り囲む。その中心で、美琴みことが眉をひそめて問い直した。

「……級長戸辺命しなとべのみこと様の御使おみつかい、ですか?」


「はい。今・回・は・、ですけどね」

少年は事もなげに答えた。そのあまりに無防備な様子に、神那かんなは鋭い視線を向けながら言葉を重ねる。

「あなた、どう見ても普・通・の・人・間・よね……?」


「人間ですよ。はい、紛れもない普・通・の・人・間・です。ただ、少しだけ『色・ん・な・神・様・達・と・お・話・が・で・き・る・立・場・』ではありますが」

少年の軽やかな返答に、美琴の困惑は深まるばかりだった。


「級長戸辺命様といえば、創世の神々の直系となられる偉大な御神様おんかみさま。それも『風神様』と呼ばれる二柱ふたはしらの……」


「ハハハ、あなた達にとっては、名前を出すのもはばかられる程の神様なんですよね。僕はた・だ・の・人・間・な・の・で・事・情・は・分・か・り・ま・せ・ん・が」

少年は苦笑いを浮かべ、少し間を置いてから、いたずらっぽく微笑んだ。


「そうですよ。風神様と呼ばれる二柱の『お・姉・様・』の方ですね。その級長戸辺命様より、この前線カフェへお届けするように頼まれました。宅・配・屋・です」

フフフ、と子供らしく笑う少年に、神那はさらに踏み込む。


「そのお届け物って……『編・み・ぐ・る・み・』なんでしょう?」


「はい。可愛い可愛い赤ちゃんの編・み・ぐ・る・み・ですよ。僕って、赤・ち・ゃ・ん・を・運・ぶ・コ・ウ・ノ・トリみたいですよね」


「お届け物の編みぐるみって、狐や狸じゃないの?」

祈里いのりが驚き混じりに尋ねると、沙希さきはおどおどしながら亜都を振り返った。


「亜都ちゃん、隠神刑部いぬがみぎょうぶ様やお父様から、亜都ちゃん以外に誰かが来るって聞いていないかしら?」


「沙希様、私・以・外・の・誰・か・が・来・る・とは、私が編みぐるみになる前の時点では、どなたも仰っておりませんでしたわ」

亜都が困惑しながら答えると、神那が再び少年に詰め寄る。


「狸じゃないなら、狐なの? 狐の赤ちゃんの編みぐるみっていうこと?」


「神那さん、狐の赤ちゃんなら、ウカノミタマ様や命婦大神みょうぶたいしん様が直接、私・た・ち・に・お・伝・え・す・る・はずだわ」

美琴が冷静に分析し、言葉を継いだ。


「アイドルになると決めてから毎日、夜は奥の院の郷で練習しているもの。命婦大神様がこの事を知らないはずはないわ」


「そ、そうよね……。時折、練習の様子を見に来てくださるものね」

神那が自分に言い聞かせるように頷く横で、少年は楽しげに独り言を漏らした。


「狐の赤ちゃんの編みぐるみも良いですね。今度、作ろうかなあ〜♪」


「狐でも狸でもないなら、何の赤ちゃんの編みぐるみよ!」

痺れを切らした神那の追求に、少年は満面の笑みで答えた。


「天・女・です。可・愛・い・女・の・子・で、生・ま・れ・た・ば・か・り・の・赤・ち・ゃ・ん・ですよ。どうか、『皆・さ・ん・で・可・愛・が・っ・て・く・だ・さ・い・ね・』。それが級長戸辺命様よりのご伝言です」


「ちょ、ちょっと、訳が分からないよ。天女? 級長戸辺命様からのご伝言?」

祈里が焦り声を上げる中、美琴は改めて少年に向き合った。


「あの……お客様……」


「お姉さん、塩善しおぜんでいいよ。僕の名前は塩善。厳密に言うと『三十三代目塩善』です」


「その……し、塩善さん?」


「はい、何でしょう?」

美琴は確信を得るように言葉を整理する。


「塩善さんが、私たちが人間でないことを知っているのは分かりました。そして、今のお話が本当なら、あの御神様より神命を受けて、天女の編みぐるみの赤ちゃんを……この前線カフェへ渡すために来られたということで、間違いないのですね?」


「はい。間違いありません。お届けに参りました」

少年——塩善の淀みのない回答に、美琴は「う〜〜〜〜〜ん」と深く唸って悩み込んでしまった。


「み、美琴さん……」

心配そうに見つめる沙希。祈里も驚きを隠せない。


「えええええええ。あの美琴さんが、あんなに悩んでいる。あの美琴さんが……!」


「美琴さん、ここは私に任せて!」

神那が前に出た。「あの……塩善くんと言ったかしら?」


「はい、そうですよ」


「お姉さん思うんだけど、塩善くん、配・送・先・を・間・違・っ・て・い・な・い・かしら?」

神那の強気な問いかけに、塩善はわざとらしく首を傾げて周囲を見回した。


「あれぇ、ここは『前線カフェ』で間違いないですよね?」

その時、店の奥から静かな足音が近づいてきた。


碧海雫あおうみしずくが、袖を払いながら姿を現した。彼女は困惑する面々を優しく見渡し、最後に塩善へとたおやかな視線を向けた。


「神那、そこまでにしておきなさい。……ようこそ、塩善さん」

碧海は柔らかな所作で一歩踏み出し、穏やかな微笑みを湛えた。


「級長戸辺命様からの『天女の赤ちゃん』。ふふ、ずいぶんと賑やかになりそうですわね。さあ、立ち話も何ですから、まずは奥へどうぞ? 美味しいお茶を淹れさせていただきますから、ゆっくりお話を聞かせてくださるかしら」

碧海の落ち着いた声音と、その奥に秘められた包容力が、波立っていた店内の空気を一瞬にして凪へと変えていった。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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