編みぐるみ再び…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月六日、午前十一時過ぎ。佐賀県鹿島市の「前線カフェ」テラス前では、初夏の陽光が赤い布の被せられた床几台を鮮やかに照らしていた。
その上で一息ついていた祈里と沙希のもとへ、隣の「鶴亀商店」から店主の亀さんが、和装に身を包んだ少年を伴って近づいてきた。
「お客さん、前線カフェはここですよ。ね、ウチの本当に隣だったでしょう」
亀さんが朗らかに笑うと、少年は顔を輝かせて答えた。
「ありがとう、亀さん!」
「いえいえ、こちらこそ毎度ありがとうございました」
丁寧に見送った亀さんは、床几台の上の二人に声をかけた。
「祈里ちゃん、沙希ちゃん。そこにいるお客様が、こちらの前線カフェに用があるんだって……」
「ほえっ」
祈里が可愛らしい驚き声を上げると、沙希がおどおどしながらも立ち上がった。
「い、いらっしゃいませ。前線カフェへ!」
「あ! いらっしゃいませ!」
祈里も慌てて後に続く。
亀さんは「じゃあ二人ともよろしく。俺はお店に戻るから」と言い残し、軽快な足取りで自店へと戻っていった。
「皆さん、こんにちは」
少年が爽やかに挨拶を交わす。
「こ、こんにちは……」
「お客様、どうぞお店の中へ……」
沙希が緊張気味に店内へ促すと、少年はどこか含みのある笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。あと、そんなに僕のことを気になさらなくても良いですよ。僕は皆さんの関係者ですから……」
「は、はい?」
祈里の素っ頓狂な声が響く中、少年は優雅な足取りで店内に足を踏み入れた。
しかし、店内は「客は来ない」という前提の空気が流れていた。テーブル席では稲穂と亜都が、相変わらず暇を持て余した様子で語り合っている。
「今日も安定の暇〜。土曜日と日曜日は一番お客さんが来るはずなのに……このお店は……」
稲穂が愚痴をこぼすと、亜都が残念そうに頷いた。
「暇ですけど……連日連夜、『奥の院の郷』の方で沙希様はじめ、お姉様たちとアイドルデビューの練習をしてますから。店長には申し訳ないですが、休める時に休まないと」
「まあ、そうなんだけどさ……」
稲穂は亜都にしか聞こえない声で密かに囁いた。
「私たちも密かにアイドルデビューするための参考になってるから、いいんだけど……」
そこへ神那と美琴が、客として入ってきた少年の姿に気づき、慌てて二人を諭した。
「稲穂、亜都ちゃん!」
神那が強めの声でたしなめると、美琴が申し訳なさそうに少年の前に進み出た。
「いらっしゃいませ。お客様、大変失礼いたしました。お一人様でしょうか?」
「う~~~~ん……」少年はわざとらしく考え込んでから答えた。
「一・人・で・は・な・い・ですね! 二名できています」
美琴は理解できない返答に困惑し、眉を寄せる。「はあ……二名様ですね。テーブルとお座敷とありますが、どちらが宜しいでしょうか?」
「そうですね……。ど・こ・か・ら・説・明・し・た・方・が・い・い・か・な・……」
「お客様、せ、説明とは何をでしょう?」
困惑する美琴に、少年は静かに、そして滑るように近づいた。
「僕は、あ・な・た・達・が・人・間・じ・ゃ・な・い・事・を・知・っ・て・い・ま・す・。それで分かりますか?」
耳元での囁きに、美琴の顔が驚愕に染まった。
「お、お客様はどちらから……」
「こちらの前線カフェさんへお届け物を届けに来ました。あ・る・方・から頼まれまして……」
その言葉に、神那がハッと目を見開いた。「これって以前にも似たようなことがなかった? あの時の……」
神那の視線が、テーブルの稲穂と亜都に注がれる。
美琴も何かを悟ったように声を震わせた。
「あ、あの……もしかして、お届け物というのは……」
「編・み・ぐ・る・み・で・す・」
少年の即答に、神那は観念したように息を吐いた。「や、やっぱり……」
そこへ、表にいた祈里と沙希がパタパタと音を立てて駆け込んできた。
「ちょっとちょっと、今、『編みぐるみ』って聞こえたんだけど!」
「わ、私も『編みぐるみ』って聞こえましたわ!」
少女たちが揃うのを待っていたかのように、少年は改めて居住まいを正した。
「皆さんお揃いなので、自己紹介をさせていただきます。僕の名前は塩善。今回は級長戸辺命様の御使いとして、このお店にやってきました」
少年の宣言に、店内の空気は一瞬にして張り詰めた。その時、店の奥から碧海雫が姿を現した。
「あら、珍しいお客様がいらしたのね」
碧海は柔らかな所作で、そっと少年の前に立った。
「まずはお座りになってください。美味しいお茶を淹れさせていただきます」
碧海の落ち着いた声音と微笑みが、騒然としていた場を優しく包み込んだ。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




