決戦前夜のカレーライス
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
日付は2019年4月28日。
世間は「平成最後のゴールデンウィーク」という祝祭ムードに沸き立っていた。
時刻は夜の九時を回っている。
明日のオープンを控えた「前線カフェ」の店内で、私たちは最終的な準備と確認に追われていた。
「もう大分、準備できたんじゃない」
神那が腕を組み、店内を見渡して言った。彼女の厳しいチェックをパスしたなら、まずは及第点だろう。
「可愛いくレイアウトできたと思うよ! や・ら・し・かw」
祈里がクスクスと笑いながら、覚えたての佐賀弁を使った。
(「やらしか」……佐賀弁で「かわいい」って意味だけど、祈里ちゃんが言うとなんか破壊力があるな……)
私は心の中で妙に感心してしまった。
「あとはもう、明日の開店を待つだけですね」美琴が落ち着いた声で言った。「それにしても、人間の方が言うゴールデンウィークの人出の多さが凄いですね」
「亀さんもバタバタしてたね。”せんべいどうですかー、せんべい美味しいですよー“って」
祈里が亀さんの売り込みの真似をする。
「外国の人も多かったね! いーっぱい色んな言葉が聞こえてきてたもん」
稲穂が無邪気に報告すると、亜都が目を丸くして付け加えた。
「鬼神様みたいな大きな方もいらっしゃいました!」
(多分、背の高い外国人観光客のことだろうな……)
私は苦笑した。
「店長」神那が私の顔を覗き込んだ。「接客なんてしたことがない私たちに、しかも、こんな人が集まる時にオープンなんかしていいんですか?」
その鋭い指摘に、私は痛いところを突かれた思いがした。
「(少々、怒り気味で)仕方なかったんだよ! 保健所からの飲食店許可も、なかなか下りないわ、仕入先とかの兼ね合いもあって……。しかも当てにしていたバイト募集も全くなし! 衣装がコスプレって書いたのが不味かったのか……」
私は深いため息をついた。
「まあ、ウチの社長の言う”どうにかなる”と言う通り、結果的には君たちが現れてくれたから助かったんだけど……」
「店長、私たちを労働の当てにはしてほしくないんだけど……」
神那がジト目で抗議する。
「兎に角、三食飯付きだし、住み込みだし、小遣い程度だけどバイト代もあげるから……悪くない話だと思うけど……」
私は精一杯の好条件(?)を提示した。すると、子供組が即座に反応した。
「私、ここのカレー好き♪」稲穂が目を輝かせる。
「私もここのカレーは美味しいと思いますよ!」亜都も尻尾を振りそうな勢いだ。
「稲穂ちゃんも亜都ちゃんもありがとう」
胃袋を掴んでおいて正解だった。私が安堵していると、美琴がパンと手を叩いて場をまとめた。
「(少し声を張りながら)神那さんも皆も、店長さんのご厚意に甘えてるから文句は言わない。それにウカノミタマ様より、"おとぎ前線"の監視と……稲穂ちゃんの教育を頼まれているのは間違いないから……。私たちも、どちらにしても神社周辺からは出ることができないし……」
その言葉に、私はふと疑問を抱いた。
「その噂の結界とやらは、どこまで大丈夫なんだ?」
「稲荷神社境内と……この門前商店街までみたいです。そこから先は私たちも、**"編みぐるみ"**の姿になってしまう……」
「何で"編みぐるみ"なんだ?」
「神社内にご神体とかご神木とかあるのはご存じですよね?」美琴は教師のように説明を始めた。「通常、神様達は普通に人間界へ降臨することは容易ではありますが、余りにも力が強すぎて、人間の方々が言う奇跡やら、神様によっては災害と呼ばれる超常現象が起きるんです。だから、いつも、神様たちの多くが人間界では力を抑えるために違う形をとられているんです」
「それが、ご神体やご神木とかか……」
「そうです。神様達はご神体やご神木からでも、自分の意志で自由に元の姿に戻れますが、**眷属**と呼ばれる神気のないものや、亜都ちゃんみたいに神気があっても力が弱かったり、コントロールできない物は……"おとぎ前線"が完全に開かれている時間しか人間界では本当の姿でいることはできません」
美琴の声が少し低くなった。
「もし、人間界にいる状態で突然、前線が閉じると、何かしらの物に変わってしまいます。その……石ころとか、草花とか……(小声で口を濁らせながら)偶に良く分からない物になることも……(普通の口調に戻る)変わる姿はそれぞれですけど……」
「それで君たちは、"編みぐるみ"になるってことだね?」
「"編みぐるみ"になるのは、この"おとぎ前線"から出入りしたものだけみたい……」祈里が首を傾げた。「亜都ちゃんは分からないけど……」
話を振られた亜都が、記憶をたぐり寄せるように語り始めた。
「私は父から……いや隠神刑部様から、私たちのいる伊予国の"おとぎ前線"から出るときに"編みぐるみ"に変えられて……薄っすらとですが、父がどなたかに私を預けたところ……まででは覚えてます。その後は……皆さんのご存じの通り……」
「誰かね……」神那が顎に手を当てた。「でも、亜都ちゃんの"編みぐるみ"は、店長のところの社長さんだっけ? その社長さんが持ってきたんでしょう?」
全員の視線が私に集まる。
「社長からは、”可愛い編みぐるみをもらったから、お店に飾って”って言われただけだ」
私は首を横に振った。あの社長のことだ、何か知っているに違いないが、今は考えても仕方がない。
「兎に角、明日は記念すべきオープンだし、準備もこれ以上にない位に用意できたら、あとは決戦の日を待つのみだよ」
私は拳を握りしめ、神様たち、いや、新しいスタッフたちを見渡した。
静かな店内に、カレーのスパイスの香りが微かに残っていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




