デビュー日!
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月三日、十五時。佐賀県鹿島市の「前線カフェ」の座敷では、理名を中心に祈里たち四人と、稲穂、亜都が円卓を囲んでいた。そこへ、店長の碧海雫が力なく歩み寄ってきた。
「みんな、今日も誰も来なかったね……。ハハハ……」
碧海は諦めたような苦笑いを浮かべ、一同を見渡した。
「もうランチタイムは終わったから、スタッフの食事休憩の時間よ。みんな、何が食べたい? カレーしかないけど……。ハハハ」
重苦しい空気の中、理名が気遣わしげに声をかける。
「店長、私、何か作りましょうか?」
「いいよいいよ」雫は遠慮するように手を振った。「今、みんなでこのお店の存続のための重要な話をしてるんだろう。誰も来ないし、私・が・用意・す・る・から……」
「店長……」
美琴が申し訳なさそうに視線を伏せる。
すると、沈黙を破るように稲穂が元気に注文した。
「普通にいつもの『前線カレー』で良いよ! 常識的な小盛で!」
「私も稲穂ちゃんと同じで、常・識・的・な・小・盛・でお願いします」
亜都もそれに続く。
碧海は思わず眉を寄せた。「な、なに……『常識的な小盛』って……」
「雫店長の言う小盛が、たぶん他の人から見たら普通サイズだと思うわ」神那が冷静に指摘する。
「その半分くらいでいいんじゃない? ついでに私は普通の小盛で!」
「普通サイズでもそんなに多くないわよ。いつも思うけど、みんな小食?」
祈里が不思議そうに首を傾げると、神那が嫌悪感を隠さずに口を開いた。
「ねえ、祈里……。私たちはここに住んでいて、ほぼ毎食がカレーなのよ。たまに理名さんがバイトに入った時や……社長のお手製の差し入れが入る時は別だけど」
「あっ! 美味いよねえ、あの社長の差し入れ」
祈里は思い出し涎をすするような音を立てて目を輝かせた。
「何なのあのレパートリーの数々は。あの人、食べ物屋さん出来るよ!実は有名な料理人だったりして…」
「いや……お店はできてるんだけど……。こ・の・店・とか」
碧海の切実なツッコミに、祈里はハッとした。
「あっ! そうか。このお店のオーナーさんだった」
「確かに……。あのアホ社長の差し入れ料理の味についてだけは、否定できない私がいる……」
稲穂が淡々と認めると、亜都が呆れた声を出す。
「稲穂ちゃん、それは素直に認めた方が良いよ」
「う~~~ん。じゃあ認める」
稲穂は唸りながらも、すぐに現実に引き戻された。
「でも、今日は雫店長しかいないでしょう。カレーかうどんか、ドリンクか……」
祈里が隣の少女に視線を向けた。「沙希ちゃんは?」
「……お・う・ど・ん・食べたいです」
沙希が控えめに希望を伝えると、蒼羽が身を乗り出した。
「オッ! うどんはうどんでも、新メニューの『カレーうどん』があるわよ!。それにするか?」
「えっ、いい……」
沙希が露骨に戸惑い、身を引く。その空気を察した美琴が、すかさず店長へフォローを入れた。
「店長、みんな『前線カレー』で大丈夫みたいですよ。私も沙希さんも、常・識・的・な・小・盛・でお願いします」
「分かったわ、了解! みんな頑張ってね! 理名ちゃんも頼みます!」
碧海は一同を鼓舞し、厨房へと戻っていった。
その背中を見送ると、理名は再び表情を引き締めた。
「店長には悪い気がするけど、話を戻すね。覚悟を決めて自分を『アイドル』だと自覚することが終わった次の段階は、アイドルとしてデビューする日を決めること。そして、それをみんなに宣言すること。出来るだけ大勢の人の前でね」
美琴が緊張に声を震わせ、問いかける。
「そ、そのデビューの日は一体、いつになるんでしょうか……」
理名は事もなげに言い放った。
「もう決まってるよ! 約一か月後の八・月・一・日・。祐徳夏祭り《ゆうとくなつまつり》二〇一九で、デ・ビ・ュ・ー・け・っ・て・~・い・!」
「は、はい?」
神那が素っ頓狂な声を上げる。
「いや、だから一か月後の八月一日の祐徳夏祭りの日だよ。はい、これ」
理名がテーブルの上に一枚のチラシを置いた。
それを見た祈里が驚きの声を上げる。「これって、亀さんがこの前、『鶴亀商店』のテラスで描いていた絵だ!」
「あっ、この絵は亀さんが描いたのね」理名は少し意外そうに苦笑した。
「とにかく、歌や踊りのことは後から考えるとして、アイドル宣言だけは早いうちにしないとね。そう考えると、この稲荷神社で行われる催しで一番近いのは、この祐徳夏祭りの日よ。亀さんあたりに相談して、デビュー公開の時間を設けてもらえるようにお願いしないとね」
突きつけられた一か月後という期限。少女たちの心に、新たな緊張が走った。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




