アイドルグループの推しとは…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月三日、十三時三十分。佐賀県鹿島市の「前線カフェ」の座敷では、理名によるアイドルの「講義」が熱を帯びていた。テーブルを囲む少女たちの瞳には、不安と期待が入り混じっている。
「みんなが『推・し・たいアイドル』は、千差万別なんだ」
理名は手ぶりを交えながら、一人一人の個性を説いていく。
「沙希ちゃんみたいに庇護欲をそそる子を推したい人。祈里ちゃんみたいに元気いっぱいな子を推したい人。美琴さんみたいな癒やし系のお姉さんに癒やされたい人……人の好みは本当に千・差・万・別・だから」
「り、理名コーチ……」
不意に、低い温度の言葉が理名の説明を遮った。神那が、隠しきれない怒気を瞳に宿して理名を凝視している。
「な、何? 神那ちゃん」
「……今の言葉に、私・の・名・前・は・入・っ・て・な・か・っ・た・んですけど。つまり、私にはアイドルの素・質・が・無・い・ということですか?」
その言葉を聞いた瞬間、理名は「ハハハハ!」とお腹を抱えて大笑いし始めた。
「そこ、お腹を抱えて笑うところじゃないんですけど……」
神那がさらにムッと顔をしかめるが、理名は笑いをこらえながら指をさした。
「はい、それ! それこそが、神那ちゃんのアイドルとしての武・器・だよ!」
「コーチ、今、神那ちゃんは凄~く怒ってるだけなんですけど……」
祈里が心配そうにフォローを入れれば、沙希も「今の神那ちゃんは、こ、怖いよ……」と身を縮める。
理名はニヤリと笑い、彼女たちに問いかけた。
「『塩対応』って分かる?」
「塩対応……? その名の通り、塩っぽい対応ということですか?」
美琴の困惑した問いに、理名は自信たっぷりに頷く。
「神那ちゃんはね、そのいつも通りのツ・ン・ツ・ン・した態度をすればするほど、推してくれるファンが増えるわよ。塩対応っていうのは、神那ちゃんみたいにお客さんに無表情で接したり、フ・ァ・ン・の・対・応・を・冷・たく・す・る・こと。塩ってしょっぱいでしょ? そんな対応のこと。祈里ちゃんみたいな元気なイメージとは真逆だね」
「……それって、変態な人が推してくるってことですか?」
神那が不快そうに顔を歪めると、理名は再び「ハハハハ!」と笑い転げた。
「変態って……! もう、そういうことを言っている時点で、塩対応キャラの王・道を走ってるよ!」
「その……今の神那さんみたいな対応をされて喜ばれる方なんて、本当にいるんですか?」
美琴が信じられないといった様子で尋ねる。
「それがいるんだよね……。し・か・も・か・な・り・の・数・がね」
理名はプププと冗談めかして笑うが、神那はますます顔をしかめた。
「かなりって……。その話を聞くと、アイドルでなくても皆を喜ばせる方法はないかと思えてくるんですけど……」
理名は少し表情を引き締め、神那の目を見据えた。
「神那ちゃん、私がさっき言ったことを覚えてる? アイドルはみんなを幸せにできる。でも……一人の力じゃできないの」
「ファンの推しは、様々ということですね……」
美琴が納得したように呟くと、理名は大きく頷いた。
「そう。元気な祈里ちゃん、庇護欲をそそる沙希ちゃん、癒やし系の美琴さん、そして塩対応の神那ちゃん。この四人が揃えば、大抵の人の推しニーズには対応できる。四・人・が・協・力・しあえば、相・乗・効・果・が起きていくから」
「そ、相乗効果ですか……」
驚く美琴に対し、理名はさらに言葉を重ねる。
「アイドル界では、メンバー同士がライバルであり、かつ誰よりも信頼できる仲間じゃないと成長できない。どちらかのバランスが崩れれば続けられないけれど、その両立ができるグループは大きく『化・け・る・』わよ!」
「ば、ば、ばけるううう……!」
狸神族としての本能か、沙希が言葉の響きに過剰に動揺する。
「『化ける』っていうのはね、デビュー時とは比べものにならない完成されたアイドルになるってこと。でも、それがなかなか難しいんだけどね……。私もそうだったけど」
神那がふと、核心を突く質問を投げた。
「失礼とは思いましたが……何故、理名さんは突然辞めてしまったんですか?」
「辞めた理由? 前に言った通りだよ。ピンチヒッターで呼ばれて人気が出て、急に私・だ・け・メジャーデビューしないかって話になっちゃってね」
理名は少し寂しげな苦笑いを浮かべた。
「歌もダンスも好きだけど、一・番・好・き・な・の・は・佐・賀・の・自・然・の・中・で・ま・っ・た・り・過・ご・す・こ・と・だったから……。あとは、メンバーからの嫉妬かな。綺麗事を並べても嫉妬って怖いのよ。切磋琢磨する相手ならいいけど、叩き潰そうとする人も少なくない。……さて、長話はここまで! 早速、アイドル目指して頑張ろう!」
理名の明るい号令と共に、前線カフェの空気は、新たな夢に向かって一気に動き出した。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




