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【完結済】真説・おとぎ前線 【壱】〜祐徳門前商店街編〜【小説版】  作者: 久遠 魂録


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幕間其之参『Gale & thunder』

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

七月二日、深夜。東京の空を貫く某高層ビルの屋上は、不穏な静寂に包まれていた。

非常口の傍らで、願威ねがいはコンクリートの床に膝をつき、割れるような頭痛に耐えるように頭を抱えていた。


「ウウウウウッ……」

喉の奥から、言葉にならない苦悶の呻きが漏れ出す。


「まだ、こちら側に来る気はないのかい? いつまで抗ってるつもりなのかなあ……」

背後から、場にそぐわない幼い少年の声が響いた。悪戯が成功した子供のような、無邪気で残酷な響き。

願威は震える手で顔を上げ、正面を見据えた。そこには一人の、邪悪な漆黒と紅の気が全身を駆け巡った幼い顔立ちの少年が立っていた。


「う、うるさい……」願威は弱々しく、しかし拒絶を込めて言葉を絞り出す。「出ていけ!」


「『願い』。なんて素・敵・な・名・前なんだ……」

少年は願威の言葉を気にする様子もなく、楽しげに続けた。「君の名前の通り、その願いは聞き入れられただろう?」


「や、やめろ。お願いだ……やめてくれ……」

願威の呼吸は次第に途切れがちになり、必死に懇願する。「やめてくれ……」


「君の心が、君のその思う願いで壊れていく姿を見るのが、僕は辛いんだよ」

少年は慈しむような優しい声で、しかし逃げ場を奪うように囁く。


「君が僕たちの所に来れば、その苦しみはすぐに解放される」


「何故……私・なんだ……」 


「『歌で人間たちを幸せにしたい』……それが君の願いだろう。その気持ちを僕は叶えてあげようとしただけさ。だから、その力をあげた」

少年の言葉に、願威は再び「ウウウウウッ」と苦しげに唸った後、断続的な息の下で否定した。


「ち、違う……」


「僕がしたことは、君にとって迷惑だったのかい? あのまま、あの土地で……」

少年はハハハと子供らしく笑った。 


「あの伝承芸能でんしょうげいのうの神様と一緒に、細々とその滅びゆく様子を見ていた方が良かったの?」

その時、非常口の扉が勢いよくバタンと開き、一人の青年が飛び出してきた。天神の眷属、雷鳴らいめいである。


「お、お前は!…… 願威……!」

雷鳴は少年の姿を見て驚愕の声を上げた。


「ら……雷鳴……」

願威がその名を呼ぶと、少年はちぇっと舌打ちをして肩をすくめた。


「邪魔が入ったみたいだね。天神の差し金か……君は雷鳴だね」


「お前か! もう願威に近づくのはやめろ!」

怒気を孕んだ雷鳴の叫びに、少年は冗談めかして身をすくめてみせる。


「あ〜怖い怖い。雷・様・は・本・当・に・怖・い・な〜。怒られておへそ取られちゃうよ」

しかし、少年の顔から笑みが消え、急に昏い怒気が溢れ出した。


「でも……元々は、そこのお姉ちゃんは僕・の・物・な・ん・だ・ヨ。僕から勝手に取り上げたのはどっちかな……」

再び非常口が激しく開き、少年のような容姿の蒼風せいふうが姿を現した。彼は瞬時に場の状況を把握し、身構える。


「ちぇっ。雷神の次は今度は級長津彦命しなつひこのみことの眷属……風神か。相手になっても良いけど、面倒くさいから今日は止めとくか」少年は残念そうに首を振った。「今日こそ取り返せると思ってたのに」


「雷鳴……願威……」

蒼風が心配そうに駆け寄ろうとすると、少年は最後の一瞥を投げかけた。


「一応、忠告。今日は諦めるけど……もう君たちのいう災・禍・は始まってしまったよ」


「この野・郎!」

激昂した雷鳴の手から、眩い光が放たれた。ドオオオオオオオオオンという轟音と共に激しい雷が少年の立っていた場所を直撃する。しかし、少年はそれを軽々と避けて頭上に浮かんでいた。


「所詮、天神の眷属風情が……僕を倒せると……♪」

少年が嫌味っぽく微笑む中、雷鳴の放った雷に気づいた雷光らいこう緑風りょくふうも屋上へと駆け込んできた。彼らは、崩れ落ちる願威を抱きしめる蒼風と、凄まじい神気しんきを放ち対峙する雷鳴の姿を捉える。


「雷鳴、助太刀する!」雷光が中低音の声を響かせ、緑風も「あいつか! 俺も助太刀するぜ」と大人びた声で拳を握った。


「ああ……本当に面倒くさ。お姉ちゃんは、まだしばらくお前らに預けておくって言ったよね?」

少年は空中で退屈そうに告げた。「願威、近いうちに迎えに来るよ。それじゃあ、またね! バイバイ!」

言葉が終わるや否や、浮かんでいた姿は一瞬にして掻き消えた。


「クソッ!」

雷光が悔しげに毒づく。


「雷光、そしてみんな……奴は、災・禍はもう始まったと言っていた……」

雷鳴が声を震わせると、緑風が横たわる願威を案じた。


「願威は、その……大丈夫なのか」


「分からない。奴が現れたという事は、願威はもう……」


「とりあえず、願威を連れて行こう……」

蒼風の提案に、雷光が苛立ちを露わにした。


「どこに! 奴はここまで来たんだぞ! どこに行けば安全なんだ!」

その時、意識を失いかけていた願威が途切れ途切れに声を絞り出した。


「み、みんな心配しないで……私が完全に闇に染まる前に……み、みんなの手で……」

そこまで言い残し、彼女は完全に気を失った。


「願威を故・郷・に・帰・そ・う」雷鳴が決然と言った。


「でも、それは……」蒼風が不安げに眉をひそめる。


「あの地には、願威が一・番・会・い・た・く・て・も・会・え・な・か・っ・た・大・切・な・神がいる。そして、我が主の姉君であられる御神おんかみ様も……」


「御神様か……」

雷光は苦笑いした後、何かに気づいて声を上げた。


「で、い、岩崎大神いわさきたいしん様がいるのか、この日本に!」


「ああ、お帰りになられたらしい。こんな離れた地まで感じる凄まじい神気しんきに気づかないのか?」

雷鳴の言葉に、緑風が驚きを隠せない。


「この凄い神気は、ウカノミタマ様じゃなかったのか?」


「良く似てるが何かが違う。ちゃんとウカノミタマ様の神気は別に感じられるからな。だから、似ている別・の・神・様だ。そう考えるともう一柱しかいない」


「早く行こう、岩崎大神様の元へ……」


蒼風は半泣きになりながら、腕の中の願威を抱き直した。「願威が……願威が……!」

四柱は夜の闇を裂き、願威を救う唯一の希望が待つ地へと急いだ。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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