神様たちのインバウンド
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
翌朝の朝九時。
昨日の喧騒が嘘のように、祐徳稲荷門前商店街には爽やかな朝日が降り注いでいた。
私は店のシャッターを開け、竹箒を手に取った。ザッ、ザッという砂利を掃く音が、朝の静寂に心地よく響く。店内では、"おとぎ前線"の四人と、新入りのちびっ子二人――稲穂と亜都が、ディスプレイの準備を進めてくれている(はずだ)。
「お、おはようござまっす!」
元気な声と共に、隣の亀さんが顔を出した。
「おはようございます。亀さん、今日は快晴ですね」
私は手を休め、努めて爽やかに挨拶を返した。
「雫さん、オープン日、もうそろそろっすね! おー! お店の名前の看板もいつのまにかついてるじゃないですか……」
亀さんは、入口の上を見上げた。そこには、アルファベットでスタイリッシュに書かれた看板が掲げられている。
「え、ええっと……"ZENSEN CAFÉ"? 前線、**"前線カフェ"**って名前なんですか?」
「う~~ん、ええ、まあね」
私は少し視線を泳がせた。
「ウチの社・長がいつのまにやら決めてた名前なんです。最初はなんじゃその名前って思ってたんですけど……」
私は声を潜め、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「その通りな名前になったんですよね……。知っててつけたのか、偶然なのか……」
まさにここは、現実と異世界の最前線になってしまったのだから。
「それにお店の中の女の子も二人増えてるじゃないですかー! でも、子供だし、他のスタッフさんの妹さんか親戚さんですか?」
亀さんがガラス越しに店内を覗き込む。
「そ、そう、親戚。オープン前だから手伝いに来てもらってるの」
咄嗟に嘘をついた。まさか「狐と狸の編みぐるみが人化したものです」とは口が裂けても言えない。
「羨ましいなー♪ スタッフさん目当てで来るお客さんも多いかも知れないですね」
「亀さん、そうなら善いんだけどね……」
私は精一杯の苦笑いを浮かべた。
その時、店内で作業をしていた祈里が、外にいる私たちに気づき、パッと笑顔で手を振った。亀さんも嬉しそうに手を振り返し、二人で店内へと入った。
「皆さん、おはようっす」
「おはようございます!」祈里が元気よく迎える。
「昨日からお会いしてたのに挨拶が遅れました。こちらの隣にある鶴亀商店という手焼きせんべいを売ってます、亀です。因みに俺は四代目っす。宜しくお願いします」
亀さんの丁寧な挨拶に、少女たちも順に応じる。
「私は祈里です。宜しくお願いいします。隣にいるのが……」
「私は神那」神那はプイッと顔を背けながらも、名乗った。見事なツンデレぶりだ。
「美琴といいます。亀さん、宜しくお願い致します」美琴は優雅に微笑む。
「わ、わ、わたしは、さ、沙希です」沙希は相変わらずオドオドと頭を下げた。
「はじめまして。私は稲穂だよ! こっちが亜都ちゃん」
「はじめまして。亜都と申します」
新入りの二人も、愛想よく挨拶を済ませた。
「良いっすね……。雫さん、この子達がスタッフならSNSでもバンバン投稿あがって大繁盛間違いなしじゃないですか!」
亀さんは太鼓判を押してくれた。
「本当に、そうならいいんだけどね」
私は二度目の苦笑いを浮かべつつ、仕事の話へと切り替えた。
「祈里さん、皆さん、お店のPOPがそこにあるので、だれか手が空いてる人、貼ってもらえませんか?」
「は~い。私、貼っておきます」祈里が手を挙げた。「でも、店長? POPってなんなんですか?」
「その張り紙みたいな物、全部のことよ」
「じゃあ、このPOP? この日本語以外みたいな文字のPOPは何ですか?」
祈里が指さしたのは、タイ語で書かれたメニュー紹介のカードだった。
「この祐徳稲荷神社には年間三〇〇万人もの人たちが参拝にくるから。その中でも年末年始以外は、外国からのお客さんが大半なの」
私は説明を続けた。
「”インバウンド”って言葉があるんだけど、外国のお客様の中で有名な観光地だから、その国の人の言葉でPOPも作ってるのよ。英語、中国語、そして、タイ語」
「この稲荷神社はタイで大ブームになったドラマや映画のロケ地だから、タイのお客さんも多いんだよ」亀さんが補足した。
「へー。タイってどこにあるんですか? 遠い所ではあるんですよね?」
祈里がキョトンとして尋ねる。神様であっても、現代の世界地理には疎いらしい。
すると、美琴がすっと横から口を挟んだ。
「祈里さん、タイは**毘紐天**様……ヴィシュヌ神がいらっしゃる所よ」
その言葉を聞いた瞬間、祈里の表情がパッと明るくなった。
「あー。成程。それはそれは遠いところから」
(そっちの地理感覚なら通じるんだ……)
私は、神様たちの独特な世界認識に、妙な感心を覚えるのだった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




