紅、出生の秘密
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月二日から三日にかけての深夜。祐徳稲荷神社のご本殿は、凛とした神気に包まれていた。深い静寂が満ちるその場所へ、紅、白、慶の三柱が足を踏み入れる。
「お待ちしておりましたわ。そろそろ、岩崎大神三柱揃って来られるのではないかと、ウカノミタマ様が仰っていらっいましたので……」
闇の中から現れた命婦大神が、優雅に一礼して彼女たちを迎えた。
「命婦大神様が何故、私を待つためにご本殿へ……」
紅の問いに、命婦大神は含みを持たせた微笑を返す。
「その理由は岩崎大神殿ご自身、既に良くお分かりなのでは。わたくしより偉大なるウカノミタマ様の御気持ちを伝えることなど恐れ多いこと……。さて、三柱殿、ご本殿の中へ……」
現実世界のご本殿の入り口を通り抜けた瞬間、周囲の景色が一変する。そこは神々の側の世界にある、真なるご本殿だった。
「これでここに来たのは二回目だけど、なんとまあ豪華絢爛……。こんな場所のことを言うんだね。フェンサリルも凄かったけど、別の意味で……」
慶は目の前に広がる荘厳な造りに、思わず感嘆の声を漏らして苦笑いした。
「フリッグ様が聞いてるかもしれないから、そんな話はしない方が良いわ」
白が冷静に窘めるが、慶は「元がキャラクター人形だからご愛嬌ということで」と軽口を叩いて肩をすくめる。
「ウカノミタマ様、岩崎大神様三柱をお連れ致しました」
命婦大神が声をかけると、奥座から声が響いた。
「命婦大神、ご苦労でした」
「いえ、そのお言葉をいただけることが私にとっては何事にも代えられぬ喜び!」
命婦大神の案内で、三柱はご本殿の中央奥へと座る。そこには、倉稲魂大神、大宮売大神、そして猿田彦大神の三柱が並び立っていた。この三柱を総じて「稲荷大神」と称される。
「岩崎大神、いや……紅。会えたのは『おとぎ前線』より戻ってきた以来ですね。そして、ビリケン殿もケルビム殿もお忙しい日々をお過ごしのようですね……」
ウカノミタマの慈愛に満ちた言葉に、紅は恐縮して頭を下げた。
「いえ……ウカノミタマ様と比べれば、私のような末神の仕事など、些細な事でしかありません」
「ふふふ……」ウカノミタマは上品に笑い、どこか寂しげな眼差しを紅に向けた。「相変わらず昔と変わらない。この場では私をウカノミタマ様と呼ばなくても良いのよ。母と呼んでくれないの? 私の愛しい、愛しい娘……」
「えええええええっ……!」
慶が椅子から転げ落ちんばかりに驚きの声を上げた。
「べ、紅はウカノミタマ様の娘なのかい?」
「そうですわ、ビリケン殿」
ウカノミタマは微笑みを絶やさぬまま説く。
「娘というよりは、紅は私自身。いいえ、そこに私と並ぶ二柱、稲荷大神三柱がそれぞれの力を出し合い、姿・形・を与えた娘である神と考えていただければ幸いですわ」
「私が『技芸の力』を。そして夫である……」
大宮売神が口を開けば、隣に立つ猿田彦神が力強く引き継いだ。
「俺が『戦神』として戦う力を……」
「私を母体として力を加え、神としての姿形を与えた、私達三人の愛しい娘……」
その言葉に、白が納得したように小さく呟いた。
「だから紅は、戦神としての力も、伝承芸能の力も持っている……。理由が分かったわ。そして、何故神社内に記されていた紅の神としての祭られている由来が、謎とされているのかも……」
「稲荷大神三柱の娘……。そう考えれば確かに合点がいくよ。何故、摂社があの場所に建てられていたのか。そして、命婦大神様のような狐神族でもない理由も」
慶は依然として動揺しつつも、紅を振り返った。
「べ、紅、今まで何故その話をしてくれなかったんだ」
「特に聞かれた事もないから……」
紅は淡々と応じた。
「特に面白くもない話だろう? この日本の古の神々様達はほぼ皆、そういう誕生をしているわ。慶の方が余程、面白いじゃない♪」
「た、確かにそうだ……。私みたいにキャラクターから神様になったものもいるし、そこまで気にしたことはなかったけどさ」
慶は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「紅は仲間で友人だし、別に何者であっても構わなかったからね。稲荷神社の摂社の神様くらいで、それ以上は追及したいという感情もなかったな」
三柱の絆は、その出自の重さを超えて、すでに深く結ばれていた。しかし、ウカノミタマたちの表情には、娘との再会を喜ぶだけではない、切迫した色が浮かんでいた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




