御神とウカノミタマ…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月二日、午後一時。祐徳稲荷神社の境内に位置する「岩崎社」の中では、三柱の神々による密やかな対話が続いていた。
「そ、そ、そ、それは聞かなければ良かった……」
慶は非常に困惑した様子で、顔を引きつらせた。その様子を不思議そうに見守っていた白が、紅へと問いを投げる。
「でも、その『御神様』と紅の間には、何か直接的な関係があったのかしら?」
「ないわ。キッパリ断言するけれど」
紅は即座に否定した。「私のような地域の土着神が、天地創造の折よりいらっしゃる『御神様』と繋がりがあるなんて、正直言ってあり得ないもの!」
「で、でもさ……」
慶が依然として困惑を隠せない声を出す。「修行の旅を頑なに許さなかったウカノミタマ様を説得して、最終的にあんたの旅を許すように圧力……いやいや、『助言』をしたのは、あの御神様なんだろう? 私は絶対に関わりたくない、あの……」
「あはははは!」
紅は思わず腹を抱えて大笑いした。
「そ、そう……。姐さん史上、最大に会いたくないし絶対に関わりたくない『危険神リスト』の不動のナンバーワン。あの偉大な『御神様』だよ」
プププ、とおふざけ半分に笑い飛ばす紅に、白は真剣な眼差しを向けた。
「でも、紅はその御神様にお会いしたいの?」
「私は慶と逆ね。一番会いたい神様リストの不動のナンバーワンだわ」
「とにかく、関係がないのなら、なぜ二十年前にあんたのためにウカノミタマ様まで動かして、修行の旅に行かせてくれたんだい?」
慶は納得がいかないようで、ぶつぶつと不満を漏らす。
「あんた、会ったこともないんだろう? ……私は会いたくないのに最近会っちゃったけど。あの私をいつもおちょくる顔は、本当に二度と見たくない……」
「紅も顔すら知らない御神様、か……。でも、何か関係がないと話が繋がらないわ」
白も首を傾げる。
紅は「ふうう……」と大きなため息を吐き出した。
「厳密に言うとね、その御神様と関係があったのは、例の人間の男性なの……。何度も言うけれど、私は『恋愛成就』や『良縁成就』の神様じゃない。本来はね」
「もう、それは分かったよ。でも結果的に、あんたはその男の願いを叶えた。どうやって、専門外の願いを叶えることができたんだい?」
慶の問いに、紅は申し訳なさそうに視線を落とした。
「ウカノミタマ様に、その人間の男性の話をしただけよ。本当にそれだけ……」
「話しただけ……? 意味がよく分からないわ」
白が戸惑いの声を漏らすと、紅は記憶を辿るようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「私も未だによく分からないの。ただ、その人間の『想い人が幸せになってほしい』という純粋な願いを聞いたことを、そのままウカノミタマ様に伝えただけなのよ」
「ほぉー……。紅、本当にそれだけなの?」
白の感嘆混じりの問いに、紅は力強く頷いた。
「それだけ。でも、そこからは早かったわ」
「早かったって……何がさ」
慶が茶化すように笑うと、紅の表情は真剣なものへと変わった。
「どういう流れかは分からないけれど、その人間が御神様の関係者だったようで、ウカノミタマ様が御神様へお伺いに行ったらしいの。それからよ……。その御神様がウカノミタマ様に、誰からその話を聞いたのかと激しく詰問されたらしいわ」
「それが、紅だったというわけね」
「そう……」
「あの御神様が詰問するほどの内容だったのかい?」慶は驚きを隠せない。
「最初の話では、ただの男が愛する人の幸せを……って話だったはずだ。全く話が読めないよ」
紅は静かに続けた。
「とにかく、人間の男性の願いは最終的には件の御神様が叶えてくださったそうよ。そして、それを伝えた私が『おとぎ前線』を通って歌の修行に行きたがっているのに、許可が下りていないという話を聞いたらしくて……」
「それで、ウカノミタマ様にご説得……おっと、圧力をかけられたってわけだね。紅を修行に行かせろと」
慶の言葉に、紅は頷いた。
「結果はそう。それからは本当に嘘みたいに早かった。『修行の旅に行っていい』と、すぐに呼ばれたわ。ただし、二十年間という期限付きで。そして、ウカノミタマ様はこんなこともおっしゃったの」
紅は、その時の厳格な神託を思い起こす。
「二十年後に門前商店街内の『おとぎ前線がこじ開けられる』……それが、お前がこの地に帰る時だと。そしてその後、時期に凄まじい『災禍』が訪れる。最初は小規模に、そして次第に世界を浸蝕し『神々の黄昏』となる……。だから、強くなって帰ってきなさい、とね」
「神々の黄昏……ラグナロク……」
白がその不吉な言葉を反芻する。平和な神社の境内に、一瞬、冷たい風が吹き抜けたような気がした。20年もの修行の日々は、来るべき災厄に備えるための神命でもあったのだ。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




