幕間其之弍『Gale & thunder』
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月一日、午後一時。東京のTNTジャパTV局内は、音楽番組「ミュージックポート」の収録に向けた独特の緊張感に包まれていた。
出演者用の楽屋の前で、一人のスタッフが足を止め、扉を軽くノックする。
「『Gale & thunder』の皆さ〜ん、収録の時間です。準備は大丈夫ですか?」
スタッフの問いかけが響く中、楽屋内では重苦しい沈黙が流れていた。
青年のような落ち着いた声を持つ雷鳴が、椅子に深く腰掛けたままの少女を覗き込み、心配そうに声をかける。
「願威、大丈夫か……」
「……大丈夫だ」
願威はしばらく間を置いてから、自分に言い聞かせるように応じた。「問題ない」
「そ、そうか……。みんな、行くか!」
雷鳴は不安を拭いきれない様子ながらも、メンバーを鼓舞するように声を張り上げた。
「分かった。行くぞ、蒼風」
大人びた風貌の緑風が促すと、少年の面影を残す蒼風が慌てて立ち上がる。
「あ、ちょっと待って〜!」
「早くしろよな、蒼風。俺は早く激しいサウンドをこのスティックで叩き鳴らしたいんだよ!」
中低音の響く声で雷光が急かす。彼は既にドラムを叩くイメージに入っているのか、逸る気持ちを抑えきれない様子だ。
「ちょっと待ってってば……。行こうか、願威」
蒼風は雷光をなだめると、優しい声で願威に歩み寄った。
緑風と雷光が先に楽屋を出ていく中、雷鳴と蒼風は、椅子に座り込んだまま静かに頷く少女の姿をじっと見守っていた。
「ご……ゴメンね……」
願威は弱々しく謝罪の言葉を口にし、重い腰を上げる。
「さあ、行こうか……」
雷鳴と蒼風が、同時に彼女へ手を差し伸べる。
「俺か蒼風のどちらでも良い。手を握って立ち上がれるか?」
心配そうに問う雷鳴に対し、願威は力なく首を振った。
「だ、大丈夫……。一人で立てるし、歩けるから……」
しかし、立ち上がろうとした願威の身体は無情にもふらつき、床に倒れ込む寸前で雷鳴の腕に支えられた。
「蒼風、すまないが先に行った二人に付いて行ってくれないか。願威は俺がスタジオまで、すぐに連れて行くから……」
雷鳴の申し訳なさそうな頼みに、蒼風は神妙な面持ちで頷く。
「雷鳴、分かった。願威を頼む」
「ああ、分かってる……。蒼風、何とかあの二人を諫めてくれ」
雷鳴の言葉を受け、蒼風は唇を噛みしめた。
「今日はいつもより更に、願威の身体全体に『闇の力』が浸蝕してる……」
二人きりになった楽屋で、雷鳴は支えにしている願威の肩に手を置いたまま、痛ましげに語りかけた。
「願威、お前のことだ。今日、歌うなとは言わないが……今日の収録が終われば、しばらく歌うのは休んだ方が良い……」
「……だ、大丈夫……」
体力を消耗し、激しい息切れを繰り返しながらも願威は言い張る。
「大丈夫じゃない!」
雷鳴の声に、わずかな怒気が混じった。
「お前の二つの力の反するバランスが、急激に狂い始めているのは俺だけじゃない。他の三人も知ってるんだ」
彼は一度言葉を切り、沈痛な面持ちで続けた。
「出来れば歌うことさえ止めるようにと、天神様から俺は随分前から言いつかっている。蒼風も俺と同じだ。歌うことで、お前がお前でなくなるのを、俺は見たくないんだ……。とにかく、今は肩を貸すから、スタジオまで行こうか……」
「ら、雷鳴……ゴメン……」
途切れ途切れの声で謝る願威を抱えるようにして、雷鳴はゆっくりと廊下を歩き始めた。
スタジオ前まで辿り着くと、そこには不安げな表情のスタッフが待っていた。
「あ、あの……願威さんの方は、今日は歌えそうですか?」
「ちょっと待ってもらってもいいか……心配するな。すぐに話は終わる」
緑風が申し訳なさそうに、しかし毅然とスタッフを制止する。
そこへ、蒼風から事情を聞いていた雷光が歩み寄った。
「いつものことだと考えてなかったが、今日の状態は詳しくは蒼風から聞いてる。……これはお前のバンドだ。お前がダメなら、俺は今日は諦めるぞ」
その言葉を聞いた願威は、支えられていた雷鳴の肩から静かに離れた。
よろめきながらも、彼女は自らの足で、一歩ずつステージへと歩み出す。
「行こうか……大丈夫だから。雷鳴に肩を借りたお陰で、だいぶ楽になってる……。さあ、早く。私の歌を聴きたい人たちが待っているわ」
弱々しくも、確固たる意志を宿したその背中に、雷鳴は覚悟を決めた。
「願威の気持ちは聞いたはずだ。俺たちは出来るだけ、この収録で願威の負担を減らすことに集中するだけだ」
「分かってるよ!」と蒼風が応じ、緑風も静かに頷く。
「俺のスティックさばきで、どうにかするぜ!」
雷光も不敵に笑い、それぞれのポジションへと向かった。
「で、では……『Gale & thunder』の皆さん、スタジオ中央のステージの方へ……」
スタッフが緊張した面持ちで案内し、メンバーがステージに揃うのを待って声を張り上げた。
「『Gale & thunder』さん、スタジオ入りました!」
その声が合図となり、スタジオ内に張り詰めた空気が満ちる。
「では、『Gale & thunder』さんの収録、始めます!」
拍手のない静寂を切り裂くように、命を削る旋律が今、始まろうとしていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




