20年前に起きた深まる謎…。
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月二日、正午過ぎ。祐徳稲荷神社の境内、縁結びの社として知られる「岩崎社」の中では、三柱の神々がそれぞれの過去と神命について語らっていた。
「当時の私は……」
紅は遠い過去を振り返り、自嘲気味に言葉を継いだ。「いいや、今でも私は、自分が『恋愛成就』や『良縁成就』の神だなんて思っていないんだ」
その言葉を打ち消すように、白が真剣な眼差しを向ける。
「紅、それは違うわ。あなたは間違いなく、多くの縁を結んできた『岩崎大神』様よ」
「白、それなんだよ……」
紅は溜息混じりに首を振った。
「今の私は『大神』の名までいただいてしまっている。けれど、私は昔も今も何も変わっていない。この日本という国の、さらに小さな佐賀・鹿島の地の『伝承芸能』を後世に伝えるために存在する末端の神なんだ。決して、恋愛成就の大神様なんかじゃない」
「うちは自慢じゃないけど……ま、条件付きとはいえ『幸運の神』だからね」
慶がどこかおどけた調子で口を挟む。
「恋愛や良縁にも少しは関係するかもしれないけど、それが私の神としての本分じゃないのは分かってる。……それに、白だって……キューピッド様だけどさ」
慶は隣に座る白を見つめた。その視線に応えるように、白は自らの真の姿を明かし始める。
「紅も慶も知っている通り、キューピッドの力は確かに恋を叶える力。でも、それは偽りの一方的な力なの……」
白の表情に戦神としての厳格さが宿る。
「私は本来、天界にある生命の樹を守る智天使の一人。戦神として戦うのが本来の神命。弓で敵を射貫き、生命の樹以外の何かに魅了させることで、他の三柱の戦いを有利にする。それが私の本来の力なのよ」
「おおおっ! それは初耳だったよ!」
慶が驚きの声を上げる。白は寂しげに続けた。
「生命の樹を守るため、好きでもないものまで好きだと思い込ませる、偽りの感情を植え付ける能力……それがキューピッド。でも、ここに参拝に来る人間たちは違うわ。自分の欲だけを叶えたい者もいるけれど、それはほんの僅か。ほとんどの人たちの願いは一方的じゃない。みんな、相手を思い遣る愛情の気持ちで溢れかえっている」
「そうか……」
慶は得心がいったように頷く。「二十年前に紅が叶えてやったという人間の男と同じ願いを持つ人が、この岩崎社に集まっているんだね。『愛する人が幸せになりますように』と……」
「どうして……どうして、そうなってしまったんだろう」
紅の声は困惑に震えていた。「私は二十年前、修行という建前で……本当は、当時唯一の親友であり、私の持つ伝承芸能のすべてを教え込んだあの子を失って、悲しくて、寂しくて……。自分の神としての力が、神という存在にも値しないほど無力であることを知った。それが一番の理由だったんだ」
紅の瞳が潤み、声が次第に湿り気を帯びていく。「当時の自分には、どうすることもできなくて……」
「紅……、泣かないで」
白が優しく声をかけるが、紅の涙は止まらなかった。
「神としてあるまじき行為だけど……ただ、伝承芸能の神という根本に縋って、どこかへ逃げたかった。もちろん、歌や踊りを学びたいという気持ちも本物だったよ。いつかこの地の神に戻ったとき、あの時の後悔を二度と起こさない力を手に入れるまでは、帰らないと決めていたんだ」
「そういえば、何度もウカノミタマ様に修行に行きたいと頼み込んでいたって言ってたね」慶が心配そうに尋ねる。「それが、その時なのかい?」
「そうだよ……」紅は鼻をすすり、苦笑を漏らした。「でも、当時のウカノミタマ様は決して許してくれなかった。『今のそなたに行く資格なし』と、厳しく叱られたんだ」
「そんなに厳しかったのに……その人間の願いを叶えた途端、態度が変わったってわけだ」
慶の言葉に、紅は首を振った。
「いいや、正確に言うと、ウカノミタマ様の私に対する態度を変えたのは『御神様』。『御神様』が現れて説き伏せたんだよ」
「えっ、そこか!」慶が身を乗り出し、叫ぶように言った。「そこに……超怖〜いアイツが関係しているのかああああ!」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




