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【完結済】真説・おとぎ前線 【壱】〜祐徳門前商店街編〜【小説版】  作者: 久遠 魂録


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或る人間の男、その愛。

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

七月二日、正午過ぎ。祐徳稲荷神社の境内に位置し、縁結びの神として信仰を集める「岩崎社いわさきしゃ」。そのやしろの内では、紅、白、慶の三柱が、絶え間なく訪れる参拝客の様子を眺めていた。


「それにしても……本当にひっきりなしだね。年齢も性別も様々。さらにはお国も違うんだから……」

慶は、溢れんばかりの参拝客を前に、自信満々に胸を張った。


「私たちって凄くな〜い? って思うよ」


「愛や恋は年齢も性別も関係ない。人も、そして生きとし生ける全ての者の想いは一つ、ということだわ」

白が静かに応じる。


二柱が賑やかに会話を交わす傍らで、紅はどこか茫然とした様子で無言を貫いていた。その様子に気づいた慶が、心配そうに顔を覗き込む。


「べ、紅……。やっぱり今朝の祈里ちゃんのことが気になるのかい?」


「慶……、白……」

紅は重い口を開き、独り言のように問いかけた。「私たちはなぜ、ここに、岩崎社に帰ってきたんだろう」


「そ、それは……紅が二十年前に修行の旅に出たいとウカノミタマ様にお願いして、その期限が終わった……からじゃないのか?」

突然の問いに、慶は困惑しながらも答えた。

紅は岩崎社で熱心に手を合わせる女性やカップルたちの姿を、無気力そうに見つめながら言葉を続ける。


「私がいなかった二十年間……。いや、厳密に言うと、慶や白と出会って『IS:Tイズティー』を結成してから、私たちがこの場にいなくても、私を含めた三柱の神気しんきはこの岩崎社にまで流れてきて、多くの人間たちの恋愛成就や良縁成就を叶えてきたと聞いた」


「そ、そうだね」


「紅の言う通り……。この岩崎社に訪れたたくさんの人間の想いを叶えてきたわ。私たちがこの場所にいなくても」

慶と白が肯く。


「こうやって今更私たちがここに戻ってきても、少しはご利益が上がるという程度で、『おとぎ前線』をあの御神様おんかみさまがこじ開けてまで『帰ってこい』という理由にはならない。普通に帰ろうと思えば、時間がかかったとしても次の『おとぎ前線』が開かれる時に、普通に戻れていたはずだ」

紅は一度言葉を切り、深い思索に沈む。「なぜ、二十年という期限付きの修行だったんだろう……」


「い、いいや……それは紅が修行に行く時に、ウカノミタマ様と交わした約束なんだろう?」

慶の困惑をよそに、紅は遠い過去を振り返るように語り始めた。


「そう……。当時は大事な友人であり教え子を失って、自分が神であっても、この地の『伝承芸能』を伝える末神まっしんであるがゆえに……無力さを感じていた時なんだ。そしてその時、私は御神様……いや、どこにでもいる一人の男性の、愛する人への想いと、愛する人のためなら自分の幸せすら犠牲にしても良いという気持ちがあることを知ったんだ」


「ははは!」

慶は冗談めかして笑った。


「その話は以前も何度か聞いたよ。何も知らずに『伝承芸能』に愛する女性の幸せを願った人間の男の話だろう? しかも、自分を振り続けてきた女性の幸せを純粋な気持ちで願ったという……」


「純粋な気持ち……。愛と欲は紙一重だというのに、その人間の男は欲を満たすのではなく、純粋な愛を願った……」

白が静かに言葉を添える。そして、ふとした疑問を口にした。


「でもなぜ、この岩崎社に願ったのかしら」


「それだけ、必死だったんだろうな……。今なら分かるよ。何の神様だとも分からず、神様なら誰でもいいから、それでも愛する人が幸せになって欲しいという気持ちが……私にも伝わったんだ。そして、それを願った神が偶然にも私だった……ということだ」

紅の言葉に、慶は不思議そうに首を傾げた。


「ウカノミタマ様ではなく、岩崎社の紅だったのが謎だな。普通の人間なら先ず、一番偉い神様へ願うだろう?」


「そう、私は『伝承芸能の神』だから、本来その人間の男の願いは叶えられない。その男の願いが『歌が上手になりたい』とか『踊りが上手になりたい』なら、多少ではあるけれど力になれたんだが……」

紅が自嘲気味に呟くと、白が慌てて口を挟んだ。


「で、でも、ウカノミタマ様は……紅が戯れに願いを叶えちゃったって!」


「それに、命婦大神みょうぶたいしん様も狐神族の眷属たちも、紅の修行が許されたのは、その人間の男の願いを戯れに叶えたからだと……同じことを言っていたな」

紅は、昔を懐かしむような、それでいてどこか切ない表情を浮かべた。


「確かに神様は嘘をつけないからね。でも、最終的な結果がそうなっただけで……真実は違うんだ。ただ、その結果が、私を『伝承芸能の神』ではなく『恋愛成就の神』に変えてしまったんだろうな……」

人間の姿で過ごしたあの日々を思い起こすように、紅は静かに目を閉じた。その真意は、まだ初夏の風の中に溶け込んだままだった。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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