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【完結済】真説・おとぎ前線 【壱】〜祐徳門前商店街編〜【小説版】  作者: 久遠 魂録


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幕間其之壱『Gale & thunder』

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

七月一日、午後一時。東京にあるTNTジャパンTV局内は、音楽番組「ミュージックポート」の収録に向けた熱気に包まれていた。


その一角、出演者用の楽屋の前に一人のスタッフが立ち、緊張気味に扉をノックした。


「『Gale & thunder』の皆さ〜ん、収録の時間です。準備は大丈夫ですか?」

スタッフの問いかけに、楽屋内には張り詰めた沈黙が流れた。


「願威、大丈夫か……」

青年風の落ち着いた声で、雷鳴が椅子に座り込んだままの少女を覗き込む。


「大丈夫だ……。問題ない」

少女――願威は、しばらくの間をおいて短く答えた。その声は、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。


「そ、そうか……。みんな、行くか!」

雷鳴は心配そうな色を隠せないまま、メンバーに声をかけた。


「分かった。行くぞ、蒼風」

大人びた口調で緑風が促すと、少年のような幼さを残した蒼風が焦った声を上げる。


「あ、ちょっと待って〜」


「早くしろよな、蒼風。俺は早く激しいサウンドをこのスティックで叩き鳴らしたいんだよ!」

中低音の響く声で雷光が急かす。彼は既にドラムを叩くイメージに没頭しているようだった。


「ちょっと待ってってば!……行こうか、願威」

蒼風は雷光をたしなめ、椅子に座ったまま動かない願威に優しく歩み寄った。


緑風と雷光が先に楽屋を出ていく。残された雷鳴と蒼風は、顔色の悪い願威を案じてその場を動けずにいた。


「ご……ゴメンね……。さあ、行こうか……」

願威は弱々しく謝罪の言葉を口にし、ようやく腰を上げた。


雷鳴と蒼風が、同時に彼女へ手を差し出す。

「俺か蒼風、どちらでも良い。手を握って立ち上がれるか?」

雷鳴の問いに、願威は力なく首を振った。


「だ、大丈夫……。一人で立てるし、歩けるから……」

しかし、立ち上がろうとした願威の身体は大きくふらつき、床に崩れ落ちる前に雷鳴がその肩を抱きとめた。


「蒼風、すまないが先に行った二人に付いて行ってくれないか……。願威は俺がスタジオまで、すぐに連れて行くから」

雷鳴が申し訳なさそうに頼むと、蒼風は神妙な面持ちで頷いた。


「雷鳴、分かった。願威を頼むよ」


「ああ、分かってる……。蒼風、何とかあの二人を諫めてくれ。今日はいつもより更に、願威の身体全体に『闇の力』が浸蝕してるんだ……」

蒼風が駆け足で楽屋を後にすると、雷鳴は支えている願威の耳元で静かに、しかし切実に語りかけた。


「願威、お前のことだ。今日、歌うなとは言わないが……今日の収録が終われば、しばらく歌うのは休んだ方が良い」


「……大丈夫……」

体力を消耗し、息も絶え絶えになりながら願威は言い張る。


「大丈夫じゃない!」

雷鳴の声に、わずかな怒気が混じった。


「お前の二つの力の反するバランスが、急激に狂い始めているのは俺だけじゃない。他の三人だって知ってるんだ。……出来れば、歌うことさえ止めるようにと、天神様から俺は随分前から言いつかっている。蒼風も俺と同じだ。歌うことで、お前がお前でなくなるのを、俺は見たくないんだ……」

雷鳴は一度言葉を切り、沈痛な面持ちで願威を見つめた。


「……とにかく、今は肩を貸すから。スタジオまで行こう」


「ら、雷鳴……ゴメン……」

途切れ途切れの謝罪を口にする願威を肩で支え、雷鳴は一歩一歩、慎重にスタジオへと向かった。


スタジオ前では、先に着いていたメンバーとスタッフが待機していた。


「あ、あの……願威さんの方は、今日は歌えそうですか?」

スタッフが恐る恐る尋ねると、緑風が厳しい表情でそれを遮った。


「ちょっと待ってもらってもいいか……心配するな。すぐに話は終わる」

雷光も、いつになく真剣な表情で願威に歩み寄る。


「いつものことだと軽く考えていたが、今日の状態は詳しくは蒼風から聞いてる。……これはお前のバンドだ。お前がダメなら、俺は今日は諦めるぞ」

その言葉を聞いた願威は、支えていた雷鳴の腕から静かに離れた。よろめきながらも、彼女は自らの足で、一歩ずつステージへと歩み出す。


「行こうか……大丈夫だから。雷鳴に肩を借りたお陰で、だいぶ楽になってる……。さあ、早く。私の歌を聴きたい人たちが待っているわ」

弱々しくも、確固たる意志を宿したその背中に、雷鳴は覚悟を決めた。


「願威の気持ちは聞いたはずだ。俺たちは出来るだけ、この収録で願威の負担を減らすことに集中するだけだ」


「分かってるよ!」

蒼風が力強く応え、緑風も「ああ」と短く同意した。


「俺のスティックさばきで、どうにかしてやるぜ!」

雷光も不敵に笑い、それぞれの楽器へと向かう。


「で、では……『Gale & thunder』の皆さん、スタジオ中央のステージの方へ……」

スタッフが促すと、メンバーはステージ上の定位置についた。


「『Gale & thunder』さん、スタジオ入りました!」

スタッフの声がスタジオ内に響き渡り、照明が一段と明るく照らされる。


「では、『Gale & thunder』さんの収録、始めます!」

拍手のない静寂の中、少女の命を削る「歌」が今、始まろうとしていた。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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