波乱のアイドル活動開始!
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月二日、午前九時半。
「前線カフェ」のお座敷では、店長の碧海雫、神那、沙希、美琴の四人が、岩崎大神にまつわる不思議な話に花を咲かせていた。
テーブル席では、稲穂が相変わらずスマホゲームに没頭し、亜都は静かに本を捲っている。
「岩崎大神様は、二十年前にそこの『おとぎ前線』を通って、『歌で人間たちを幸せにしたい』と修行に行かれたの。それがつい最近、他のお二柱の神様と共に、ようやくお帰りになられたのよ」
神那が説明すると、雫は驚いたように目を丸くした。
「最近……? じゃあ、もともとは|恋|愛|成|就|の神様でも何でもないじゃない。でも、今の岩崎社は海外からも参拝客が来るほどで、『恋愛成就のご利益が凄い』って評判だわよ?」
「そ、それは私には分からないわよ!」
神那は図星を突かれたのか、少し焦った様子で声を荒らげた。
「ご当地の伝統芸能を司る神様が、いつの間にか有名な恋愛成就の神様に変わるなんて……いくら私がウカノミタマ様の眷属だからって、何でも知っているわけじゃないんだから!」
「神那ちゃん……こ、怖い……」
沙希が怯えたように肩をすくめると、神那はハッとして、少しぶっきらぼうに言葉を続けた。
「とにかく、祈里はその伝統芸能を司る神様の一柱、紅さんのところに行ったの。ウカノミタマ様からアイドル活動の許可をいただいたから、指導をしてほしいってお願いしにね」
「そういうことだったのね」
雫は納得したように頷いた。
「でも、神様とはいえ、そんなに簡単に指導してくれるものかしら? 特に今は恋愛成就の神様として、連日連夜、女性客がひっきりなしでしょう? 深夜にこっそり祈願している人もいるって聞くし。うちのお店は常に暇だけど、流石に岩崎社は|暇|じ|ゃ|な|い|でしょうに……」
「そうね……」
神那は少しトーンを落とし、遠くを見つめるような目をした。
「でも、昔は直接、私たち|狐|神|族|に伝統芸能を教えてくれていた先生だったのよ。だから、祈里も美琴さんのアイドル活動の了承を聞いて、|朝|一|番|に岩崎社へ向かったのよ」
「朝一番って、何時から行ったの?」
「日が昇った時分でしたから、朝五時頃だったと思います」
沙希の答えに、雫は腕時計を確認して眉を寄せた。
「今は九時三十分だから、もう四時間半も経っているのね。お話をするだけにしては、少し長すぎないかしら?」
「私もそう思ってる……」
神那の表情に不安がよぎった。
「祈里に何か起きたのか、それとも、ただ紅さんとの話が盛り上がっているだけなのか……」
その時、裏口のドアが力なく開き、渦中の祈里が帰ってきた。
しかし、その足取りは重く、肩を落としてひどく落ち込んでいる。
「……ただいま」
「おかえりなさい、祈里ちゃん……」
沙希が心配そうに駆け寄ると、雫も彼女の異変を感じ取った。
「大丈夫そうには見えないわね……」
祈里は涙を堪えるように俯き、消え入りそうな声で呟いた。
「あ……店長……」
「どうしたの、祈里ちゃん。朝五時前から岩崎社へ行ってたんでしょう?」
雫が優しく問いかけると、祈里の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「美琴さん、神那ちゃん、沙希ちゃん、稲穂ちゃん、亜都ちゃん……店長。|ダ|メ|だった。|ダ|メ|な|ん|だ|っ|て|……!」
祈里はその場に泣き崩れた。
「な、何がダメだったの? 岩崎大神様には会えたんでしょう?」
沙希が背中をさすりながら尋ねると、祈里は泣きじゃくりながら答えた。
「会ったよ……昔と変わらず、紅さんは優しかった……」
「じゃあ、他のお二柱様から何か言われたの?」
神那の問いに、祈里は首を横に振った。
「お二柱様は何も言われなかったし、何もされていない……。けど……」
「では、どうしてそんなに泣いているの? 紅様は優しかったんでしょう?」
雫が不思議そうに尋ねると、祈里は顔を覆って声を震わせた。
「でも、『歌うこと』はもう教えられないって言われたんだ。どうしてもって何度もお願いし続けたけど、最後には『|ア|イ|ド|ル|に|な|る|の|は|止|め|た|方|が|良|い|』って言われたの。絶対に、『|や|め|た|方|が|良|い|』って……。特に私のためにそう言うんだって。もう、何が何だか分からないよ……!」
美琴は腕を組み、深く考え込んだ。
「うーん……昔の紅様なら、そんなことは仰らないはず。しかも祈里さんに対して念を押すように止めたというのは、何か深い理由がある気がするわ……」
「私は、歌ったらダメなのかな? アイドルになって、紅さんみたいに人間を幸せにするのはダメなのかな……」
祈里の悲痛な叫びに、沙希が力強く答えた。
「祈里ちゃん、|一|緒|に|歌|お|う|よ! 岩崎大神様に教えられないと言われても、ウカノミタマ様が良いって仰ったのは本当なんだから」
「私も沙希の意見に賛成よ」
神那も頷き、美琴が皆の顔を見渡した。
「私も同意見です。命婦大神様を通じてウカノミタマ様から『皆でアイドル活動をしても良い』とお言葉をいただいているのです。例え岩崎大神様が反対されたとしても、自分が納得するまで続けて良いと思います」
「み、みんな……」
祈里が少しだけ涙を拭うと、テーブル席から稲穂が声を上げた。
「私も、良いと思うよ」
「私が今読んでいた本にも書いてありました。『|夢|の|選|択|は|個|人|の|自|由|だ|』と」
亜都も本を閉じて、穏やかに微笑んだ。
「そうと決まれば、早速アイドル活動を始めましょうよ! まずは何からすればいいかしら?」
神那の言葉に、雫は自信満々に立ち上がった。
「それなら、ちょうど|良|い|適|任|者|がいるわ! 私が紹介してあげる!」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




