命婦の神託と非常事態の予兆
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月一日、午後十時。
静寂に包まれた稲荷神社の奥深く、命婦大社の神域には、凛とした空気が張り詰めていた。その社の内で、美琴は命婦大神と従者である眷属を前に、深く膝をついて平伏していた。
「(お腹を抱えて豪快に笑いながら)ア、|ア|イ|ド|ル|グ|ル|ー|プ|を結成したいとな……! く、くくっ……」
命婦大神は、おかしさを堪えきれないといった様子で声を震わせた。
「(かしこまりながら)は、はい。……こじ開けられた『おとぎ前線』が繋がる前線カフェが、只今、その、|経|営|不|振|でございまして……。このままでは店を閉めざるを得ない状況にございます。そうなれば、おとぎ前線を一日中監視することが困難に……」
美琴の必死の訴えを、命婦大神は鼻で笑って受け流した。
「よいよい。そんな奇策を口にしたのは、どうせ祈里であろう?」
「は、はい……。ただ、祈里もですが、神那も同様のことを申しておりまして」
「ほう……。それは意外じゃな」
命婦大神は少し驚いたように声を上げ、目を細めた。
「あの神那までがそんなことを言うとは。余程、岩崎大神殿の神気の凄さに感化されたと見える。……まあ、あの御力を見せられては、|わ|ら|わ|でさえ腰を抜かしたほどじゃからのう」
そう言って、大神は面白そうに当時のことを思い出し、フフフと喉を鳴らした。
美琴はなおも躊躇いながら、言葉を繋いだ。
「……あと、命婦大神様」
「ん、なんじゃ?」
「祈里、神那の両名に加え、沙希様からも……私も、その、|ア|イ|ド|ル|な|る|も|の|に|入|っ|て|ほ|し|い|と頼まれまして……」
「(お腹を抱えて豪快に笑いながら)ハハハハハ! やはり、そうなったか!」
「(畏まりながら)命婦大神様、やはり……とは?」
命婦大神はふと表情を正し、威厳に満ちた声で告げた。
「許す!」
「(素っ頓狂な声で)は、はい……!?」
「美琴、祈里、神那、そして沙希様のアイドルなるものの結成と活動を、ここに許そう」
あまりの即断に、美琴は信じられないといった面持ちで顔を上げた。
「ほ、本当でございますか?」
「神は嘘はつかんよ。それに、既にこうなるであろうことは、ウカノミタマ様よりお話を受けておったわ」
「ウ、ウカノミタマ様が……!」
驚愕に目を見開く美琴を見て、命婦大神はまた可笑しそうに笑った。
「まるでウカノミタマ様が|わ|ら|わ|に仰った通りのことを申すゆえ、喜劇を見ているようじゃったぞ」
「ウカノミタマ様は、何と……」
「そっくりそのままじゃ。美琴、今そなたが|わ|ら|わ|に言ったことを、あの方は予言されていた」
命婦大神はひとしきり笑うと、少し声を落とした。
「ただ、美琴。そなたまでがそのアイドルなるものになるとまでは、仰られていなかったがな。……相分かった。これも全てウカノミタマ様の思し召しじゃ」
大神は再び威厳を込め、釘を刺すように言った。
「ただし。おとぎ前線に異変が起きた時は、必ずそちらを優先すること。例えそれが人間に知れることになったとしても、じゃ。今は|非|常|事|態|ゆえにな……」
「ひ、|非|常|事|態|……でございますか?」
「そうじゃ。おとぎ前線がねじ開けられているのも、その事実に沈黙を貫くウカノミタマ様を見れば分かろう。……美琴よ、直に|わ|ら|わ|の言う意味が分かる日が来る。もう、その日は近い。そのためにこそ、あの方は大切にされていた岩崎大神殿を修行に出されたのじゃからな」
「あ、あの……」
言いよどむ美琴を遮るように、命婦大神は手を振った。
「そなたらは気にせずともよい。美琴よ、今までと変わらず、ねじ開けられたおとぎ前線の監視を続けながら、そのアイドル活動とやらを始めるがよい。もうよいぞ」
命婦大神の傍らにいた眷属がスッと前に立ち、大神の姿を遮るように壁となった。面会終了の合図だった。
「命婦大神様……」
「さあ、早くアイドルとやらになり、人間たちに幸せを与えるのじゃ。それが今後の次世代のウカノミタマ様候補と呼ばれる、|お|前|の|糧|になるであろう」
美琴は深く頭を下げ、静かに、しかし確かな決意を胸に答えた。
「……仰せの通りに」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




