正午の決断と命婦の承諾
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月一日。正午を知らせる針が時計の頂点を指そうとしていた。
佐賀県鹿島市の「前線カフェ」では、店内に漂う静寂を打ち消すように、熱を帯びた対話が続いていた。
お座敷に膝を突き合わせる祈里、神那、沙希、美琴の四人と、厨房から戻ってきた店長の碧海雫。離れたテーブル席では、スマホゲームの手を休めない稲穂と、静かに本を手にしている亜都の姿があった。
「これは私個人の意見よ……」
碧海雫は言葉を選びながら、美琴の目を見据えた。
「美琴さんには悪いが、私は祈里ちゃんと神那ちゃんの、|ア|イ|ド|ル|活|動|には|賛|成|します。」
美琴が僅かに眉を動かす。碧海はさらに言葉を継いだ。
「もちろん、お店の売り上げや運営のこともあるけど…。それに、ねじ曲がっているという『おとぎ前線』を監視するには、この場所を守り続けなきゃならない。事実を知る者は最小限にと、以前大家さんも仰ってた。……それに社長が元々言ってたの。『この場所でコスプレ喫茶をして、アイドル活動をさせて、バーッと商店街を盛り上げるわよ!』って…。」
その言葉を聞いた稲穂が、鼻で笑った。
「やっぱり、アホだった。あの社長……」
「(読書を中断し、少し声を荒らげて)い、稲穂ちゃん!」
亜都の嗜めるような声に、稲穂は肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「ごめんね、亜都ちゃん。次からはちゃんと『社長さん』って呼ぶよ」
雫は再び美琴に向き直り、真剣な表情を崩さなかった。
「美琴さん。あなたが祈里ちゃんたち三人と、稲穂ちゃん、亜都ちゃんの|保|護|者|的|な|役割を担っているのはよく知っています。……だからこそ、美琴さんがアイドルとして加わってくれないと、どこか至らぬ方向にいきそうで不安なのよ。私も、このお店をどうにかしたい。だから、わたしからもお願いします。」
美琴は視線を落とし、深く考え込む。沈黙が流れる中、祈里が縋るように手を合わせた。
「美琴さん、お願いしま〜す!」
「祈里と沙希と私だけでは不安なんです。特に祈里はリーダーをやるなんて言い出していますし……」
神那が溜息混じりに言うと、沙希が驚いたように顔を上げた。
「えっ、祈里ちゃんがリーダーをするの?」
「だ……めかなぁ?」
祈里が照れくさそうに首を傾げると、神那は苦笑して美琴を見た。
「美琴さんも一緒にいてくれるなら、祈里が形だけのリーダーでも、私たちが何とかサポートできますから」
「(悩みながら)う〜〜〜ん。でも、|ア|イ|ド|ル|は|忙|し|い|お仕事なんでしょう?」
美琴の懸念を断ち切るように、それまで静かにしていた亜都が、本を力強くパタンと閉じた。
「話を折るようで失礼しますが、よろしいでしょうか」
亜都は座敷の四人に鋭い視線を向けた。「若輩者の私が言うのは不躾ですが……皆様、今のお店の様子を見てください」
美琴を含めた全員が、促されるままに店舗全体を見渡した。ランチタイムを告げる壁時計の針は、ちょうど正午を指している。
「只今、正午です。普通の飲食店ならお客様でごった返す、一日で最も忙しい時間です。ですが、この『前線カフェ』にはお客様の一人だっていません。一番忙しいはずの店長が、こうしてここで話し込めるくらいに……」
亜都は一度言葉を切り、寂しげに呟いた。
「兎に角、|暇|なんです」
「そうそう、いつも通り|暇|〜。お店をオープンしてから二時間以上経ってるけど、誰も来ませ〜ん。周りのお店も、ほとんど人影は見えましぇん」
稲穂が脱力した声を上げる。雫は図星を突かれ、焦ったように頭を掻いた。
「馬鹿にされながら、しかもそれを正面から言われると、私としてもかなり辛いんだけど……」
「私も、数日前の岩崎大神様たちの歌声を聞いて、心の底から感動しました」
亜都の瞳に強い光が宿る。
「|神|気|を極めし神の力、そして創思さんと亜依さんの喜びの笑顔……。私も沙希様と共に、|あ|ん|な|神|様|になってみたいと思ったのです」
「あ、亜都ちゃん……」
沙希はオドオドしながらも、勇気を振り絞って美琴を見た。
「美琴さん、お願いします。私も足を引っ張らないように頑張りますから……」
全員の視線を受け、美琴はついに決意を固めたように深く頷いた。
「……みんなの熱意に負けたわ」
美琴は一度姿勢を正し、厳しい表情を神那たちに向けた。
「ただし、条件があります。|命|婦|大|神|様に一度相談させてください。もし、命婦大神様から|許|可|を|い|た|だ|け|る|な|ら|、|私|も|参|加|します。でも、もしダメだと言われたら、みんなも諦めて。こんな大事なこと、私たちだけでは決められないのよ。……お願い。それだけは、|皆|も|約|束|し|て|ほ|し|い|の」
その言葉に、三人は力強く頷き、前線カフェの未来へと一歩を踏み出した。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




