志(こころざし)と神を連ねる会社
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
七月一日の昼下がり、佐賀県鹿島市の「前線カフェ」では、外の静けさとは対照的に熱を帯びた議論が続いていた。
お座敷に膝を突き合わせる祈里、神那、沙希、美琴。そして厨房から戻ってきた店長の碧海雫。いつものテーブル席では、稲穂が熱心にスマホゲームを叩き、その横で亜都が静かにページをめくっている。
「(不思議そうに)魅力がない……んですか?」
美琴が蒼羽の言葉をなぞるように問いかけた。
「この場所は、佐賀県はこんなに自然豊かで、四季折々の美しい光景を見ることができますのに」
「そうだね……」碧海はどこか寂しげに目を細めた。
「美琴さんや皆のように、この地の良さを心から思える人が増えれば、何かが変わるのかもしれない。けれど、この場所で生きることに満足できているのは、貴女たちがこの地と深く繋がっているからなんだよね?」
「そ、そうよ」
神那が頷く。
「私たちはウカノミタマ様の眷属であるということも関係しているかもしれませんけれど、この地で自由に、伸び伸びと生きていける……それの何がいけないのかしら」
「神那、人間の世界ではそうはいかないんだよ」
碧海の視線が神那に向く。
「インターネットを覚えて、人間の世界のことを色々調べるようになった君なら、もう気づき始めているんじゃないか?」
「そ、それは……」
神那が焦ったように視線を泳がせる。
「|膨|大|な|情|報|の|渦|……。今は昔と違って、欲しい物が手に入らなくて困るような時代じゃない」
碧海雫は諭すように言葉を継いだ。
「これはウチの社長の受け売りなんだけどね、人間ほど欲深い生き物はいないんだ。欲しいものはどうしても欲しくなる。特に『物欲』。今は物が飽和している時代。じゃあ、この物欲を満たすために、今の人間に何が必要だと思う?」
「お、|お|金|、でしょうか……」
美琴が控えめに答えると、碧海は小さく頷いた。
「そう。この人間の世界は、お金で動いていると言っても過言じゃない。人間は一度それを手に入れると見境がなくなるわ。そしてお金を稼ぐためには仕事をしなければならない。だけど、人間は弱い生き物。ただ稼ぐだけじゃ満足できないの。出来れば好きなことで稼ぎたいと願う。綺麗な言葉を並べても、それが人間にとっての『|夢』の正体よ」
「(オドオドしながら)お金が……夢?」
沙希が戸惑ったように声を漏らす。
蒼海は少し苦笑いをして肩をすくめた。
「まあ、どちらにしろ極端な論なんだけどね。夢を叶えたい、お金が欲しい、でも好きな仕事で稼ぎたい。特に若い子たちはそう思う。夢を叶えられるかもしれない時間が、まだたっぷりあるからね。……だから、若い人は|み|ん|な|佐|賀|県|か|ら|出|て|い|く|。夢を叶えるためのお金を得るために|必|要|な|仕|事|の|選|択|肢|が|、|この|地|に|は|少|な|す|ぎ|る|から…。」
「そ、そんな……」
美琴が絶句する。
「だから、この佐賀の地に残る若い人は、物やお金ではない『夢』を持つ者」
碧海雫は一度間を置き、言葉を噛みしめるように続けた。
「神那さんや、そこの稲穂ちゃんがしているようなスマホが発展したから、場所を選ばずに仕事ができる人も増えた。でも、それはほんの一部の人間だけ。今でも多くの若者たちが、人も仕事の選択肢も沢山ある都会へ夢を叶えるために、佐賀県から出ていってしまう……」
「か、|解|決|方|法|はないんですか?」
神那が縋るように問いかける。
「(苦笑いして)それを|本|気|で|や|っ|て|い|る|のが、ウチの社長よ。このお店を運営している会社のことは知ってる?」
テーブルの椅子に座ったまま、スマホゲームの画面に指を走らせていた稲穂が、顔も上げずに口を開いた。
「『Sカンパニー』でしょ。あの、アホ……じゃなくて社長が、世界的に有名なゲームに出てくる|悪|い|会|社|の|名|前|をそのまま使ったっていう……」
「そう、Sカンパニーだ」
雫は再び苦笑した。
「確かに元々は有名なゲームの組織名から取った名前だよ。でも、憂社長は、佐賀県から出ていく才能のある若者たちが、|自|分|の|生|ま|れ|た|故|郷|で|夢|を|叶|え|ら|れ|る|よ|う|に|し|た|い|……そのためにこの会社を創業したの」
「でも、なんで夢を叶えるための会社が、ゲームの悪い会社と繋がるのよ?」
稲穂がようやく画面から目を離し、不思議そうに尋ねた。
「この『S』には、いくつか別の意味があるの」
碧海雫は指を立てて説明を始めた。「そのゲームの組織には、社長を中心とした幹部軍団が出るんだけど、彼らは例え悪いことであったとしても、それを自分たちの正義と信じて『志』を貫いた集団なの。そんな強い志を持つ佐賀の若い子たちが集まってほしいという意味が一つ」
雫はさらに深く頷いて続ける。
「そして、もう一つ。会社の名前の『S』は『神』を意味している。|神|が|連|な|る|会|社|……という意味を持っているの」
「ふーん。で、神様たちを連ねる会社って……意味がわからないんだけど」
稲穂が首を傾げると、美琴がハッとしたように声を上げた。
「(驚いて)も、もしかして……『八百万』の神々のことでしょうか?」
「社長は、まあ、あんな性格だからなんだけどね……」
雫は少し困ったような、それでいてどこか楽しそうな表情を見せた。
「この世にある物すべてには『神』が存在すると言っている。だから、その神様たちを扱う会社だから、この名前をつけたって。」
雫は静かに店内を見渡した。
「でも、貴女たちと出会い、ご神体やご神木の話を聞いて、さらに稲穂ちゃんと亜都ちゃんが、実際に編みぐるみから人の姿になるのを目の当たりにしたから……。今ではその話も、|あ|な|が|ち|嘘|とは思えなくなったのよ」
碧海店長の言葉に、祈里たちは自分たちの存在がこの場所、そしてこの「志」ある会社にとって何を意味するのかを、静かに考え始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




