稲穂ちゃん、参上!
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
テーブルの上には、先ほど巫女の葵から受け取ったばかりの狐の編みぐるみが置かれていた。それを見つめる雫と四人の少女たちの間には、重い沈黙が流れている。
「宮司さんの娘さんか……。紛れもない巫女って感じの人だったな……」
雫は、目の前の異常な状況とは裏腹に、落ち着いた声で独り言のように呟いた。その物静かな声音とは対照的に、心臓は警鐘を鳴らし続けている。
雫の独り言を尻目に、神族の少女たちの顔には焦りが滲んでいた。
「(不安な声で)みんな、これってやっぱりあれだよね……」祈里が口火を切る。
「(少し怒り気味で)どう見てもあれでしょう」神那が即座に反応した。
「(頭を抱え困った声で)う~~~~ん」祈里は完全に思考停止している。
「(涙声で)ちょっと、ちょっと……」沙希は今にも泣き出しそうだ。
雫は、その反応を見て、覚悟を決めるしかなかった。
「この"編みぐるみ"も、あの子(亜都)と一緒なんですか?」
その問いに答える暇もなく、美琴の静かだった声に、初めて強い焦燥感が混じった。
「店長!お店のシャッターをすぐに閉めてください!」
反射的に、雫は言われた通りにシャッターを下ろした。シャーッと金属が擦れる音が響き、店内は急に薄暗くなった。
「(焦り声で)く、来るわよ!」
美琴が叫んだ瞬間、テーブルに置かれた"狐の編みぐるみ"が徐々に光り輝き始めた。淡い橙色の光が、薄暗い店内に満ちていく。
「(涙声で)うわー!来たーあ!」沙希の悲鳴が響き渡る。
"狐の編みぐるみ"は次第に輝きを増しながら、人の姿に変化していった。
そこに現れたのは、茶系統の髪色をした、快活そうな少女だった。
「じゃーん!**稲穂**ちゃん、参上!」
少女は自信満々にポーズを決めた後、店の奥にある扉を一瞥した。
「ウカノミタマ様のおっしゃる通りだわ。この場所は、"おとぎ前線"の結界が解かれてる……」
稲穂は、店舗内を見つめた。腰を抜かした雫、動揺する四人の少女たちを見回し、そして、店の隅に置いてある鶴亀商店のせんべいが入っているらしい、ブリキの缶を発見した。その缶からは、カタカタとわずかに音が聞こえている。
雫は、その缶に近づき、手を伸ばしてそれを抱えた。
「(慌てた声で)それは触らないで!」沙希が叫ぶ。
「(怒声で)あなたが誰か分からないけど、私たちと同じ眷属なら、その缶はもとに元に戻しなさい!年長者としての命令よ!」神那が怒鳴った。
「(慌てた声で)そうよ!神那ちゃんの言う通り、その缶は元に戻して!」祈里も必死だ。
稲穂は、神那の命令に耳を傾け、納得したような声を出した。
「お姉さま方がそう言われるのなら、わかりましたよ!」稲穂は、いたずらっ子のように声色を変えた。「それじゃ、**元**に戻しますね」
ポン!
稲穂は、ブリキ缶を抱えた雫の手から、中に入っていた**"狸の編みぐるみ"**を奪い取ると、手に持つ。再び、ポンと缶をしめる音がして、ブリキ缶は陳列棚にあった元の場所に戻った。
「ああああああああああああ……」
女性陣四名と雫から、絶望的な悲鳴が上がった。
雫は、静かに秘めていた熱血漢が限界を突破し、爆発した。
「(怒り声で)お前、何ばしょっとか!」
興奮のあまり、佐賀弁が飛び出した。
「(飄々とした言いぶりで)缶は戻しましたよ、(少し笑いながら)私」稲穂は動じない。
「(焦り声で)その"編みぐるみ"返して!」沙希が、今にも泣き出しそうだ。
「はいはい。返しますね。(いたずらっ子風に声色を変えて)そう、私と同じ、元の姿に……」
美琴は、諦めの表情を浮かべた。
「沙希、残念だけど……もう手遅れみたい……」
稲穂は、狸の編みぐるみを床に置いた。"狸の編みぐるみ"が徐々に光り輝いていく……。
「沙希、もう諦めて……」美琴は再び諭した。
「(半泣き声で)うえええええええん……」沙希は、とうとう泣き出してしまった。
"狸の編みぐるみ"は次第に輝きながら、人の姿に変化した。そこに現れたのは、編みぐるみとは似ても似つかない、涙目の少女、亜都の姿だった。
「(涙声で)沙希さまー。酷い、酷いですよ。私にこんな仕打ちを……」
人の姿に変わった亜都を見つめて、稲穂以外の五名(雫、祈里、神那、美琴、沙希)は、各々、大きくため息をついた。
人の姿に変わった亜都に近づき、稲穂が声をかける。
「あなた、八百八狸ね。私は稲穂っていうの。この"おとぎ前線"がある稲荷神社の最高神でいらっしゃるウカノミタマ様より、そこのお姉さま方……(小声でボソリと)一人はあなたと同じ八百八狸みたいだけど……、(普通の口調に戻る)眷属として指導を受けなさいと恩命を受けて、やってきたんだけど……。あなたは、何故、まだ"編みぐるみ"のままだったの……」
「(半泣き声で)い、い、稲穂様……」
「稲穂でいいよ。歳もあまり変わらないみたいだし……」
「わ、私の名前は**亜都**って言います。稲穂……(少し間を空け、喜んだ声色で)稲穂ちゃんが私を助けてくれたんだね。ありがとうございました」
こうして、物静かな新店長、碧海 雫のカフェは、稲荷神の眷属と狸神族の少女たち、総勢五名の神様少女を抱えることになったのだった。
読んで下されば嬉しい限りです。
心機一転、無理せずマイペースで連載します。




