祝福の歌、晴レ渡レ
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
祐徳稲荷神社、岩崎社。午前十一時三十分頃。
「幸運の神・ビリケン」という聞き慣れた名が慶の口から飛び出し、創思と亜依は目を丸くして固まっていた。その奇妙な静寂を破るように、白が淡々とした口調で語り始める。
「そうか。分かった。慶にとって、その名前はトラウマなのね」
白は納得したように一度頷き、新郎新婦に向き直った。
「あと、最後になったけれど、私は白。ヘブンから来た天使。**ケルビム**とも呼ばれているわ」
「(恐縮して)ヘブンの、ケルビム様といえば……」
創思が思わず姿勢を正す。隣の亜依も、驚きを隠せない様子で白を凝視した。
「風の噂では聞いておりましたが、その……見た目が……」
「あ~、あとの残りの三柱と勘違いしてるね。獅子と牛と鷲の怖~い三柱と」
慶が茶化すように補足する。
「ケルビムは四柱で一つの称号。私はその一柱に過ぎないわ」
白は無表情のまま続ける。
「私は戦う力は持っていない。他にも……**キュ|ー|ピ|ッ|ド|**とも言われているけれど」
「白、ケルビムよりキューピッドの名前の方が、ジャパンでは有名なんだよ。実はね!」
慶が陽気に笑い飛ばす。
「(かしこまって)キューピッド様……」
「恋愛成就のキューピッド様の名を、この国で知らぬものはいません……」
創思は震える声で感嘆した。
「しかし、あの恐ろしいヘブンの戦神と呼ばれているケルビム様の一柱が、キューピッド様だったとは……」
「私も、紅や慶と同じで『白』でいい。……私は、白という名前|が|好|き|だから」
白の静かな、だが意志の強い言葉に、亜依は感極まったように瞳を潤ませた。
「畏まりました……。岩崎大神様以外にも、まさか、御神の二柱様にお会いできるなんて。……この特別な日が、もっと特別な日になりました。ありがとうございました」
亜依は涙を拭い、深く深く頭を下げた。
それを見届けた紅が、優しく、だが突き放すような口調で告げる。
「創思も亜依も、今度はウカノミタマ様が待つ御本殿へ向かうんだろう? こんなところで油を売っていたら、私がウカノミタマ様に怒られてしまう。ほら、早く行きなさい」
「畏まりました。……行こうか、亜依」
「はい。では、御本殿へ行って参ります」
二人は再び幸せな面持ちで踵を返し、岩崎社を後にした。やがて止まっていた「狐の嫁入り」の行列が再びゆっくりと動き始める。その鮮やかな色彩が遠ざかっていくのを、紅、白、慶の三柱――**IS:T**は、優しく見守っていた。
「(大きなため息をついて)……やっぱり来るのか」
紅がポツリと漏らした。
「やっぱりって……。御神様はやっぱりいるのかい?」
慶が思い出したように身構える。
「違うよ、慶。来るのは別|の|ヤ|ツだ。この神社が建立されて数百年……。狐の嫁入りでウカノミタマ様の結界が弱くなるたびに、毎年毎年、懲|り|ず|に来るんだよね。二十年前と、そこは変わらないんだね……」
紅は再び深い溜息を吐き出した。
白が小首を傾げる。
「紅、何が来るの?」
「ちょっとした悪|い|蟲みたいな奴らさ。普通ならウカノミタマ様の結界を破れる者などいないけれど……唯一、この『狐の嫁入り』の際、ウカノミタマ様が新しい夫婦に加|護|を|授|け|る|瞬|間、一時的に結界の力が弱まる時があるんだ。その隙を突いて、アホな雷神様や風神様の眷属たちが、力試しのつもりで結界を破ろうとするんだよ。しかも毎回……」
紅は呆れたように肩をすくめた。
「眷属ごときが束になっても破れないのが分からないのかね、本当に。でも、その影響で外は雲一つない晴天なのに土砂降りになったり、突風が起きたりするんだ」
「(呆れた声で)雷神様も風神様も、本神自体がややア|ホ……いや、個性的だけど、その眷属も変わり者が多いんだねぇ~♪」
慶が軽快に笑う。
「紅、何かするの?」
白の問いに、紅は静かに、だが力強く答えた。
「うん、ちょっとね。私みたいな末神でも、ウカノミタマ様のような強力な結界は無理だけど、こんな喜ばしい日に力試しをしようとする輩|の|邪|魔をするくらいはできるよ。そう……この歌でね」
慶の声が弾む。
「歌うかい? |あ|の|二|人|の|た|め|に!」
「歌おう。紅の|愛|し|子|た|ちのために」
白も静かに同意した。
紅は二人の新しい門出を祝うように、空を見上げて微笑んだ。
「創思と亜依へ、祝福の私なりの手向けを送るよ。……せ~の!」
三柱の声が重なり、岩崎社に神聖な響きが満ちる。
「晴レ渡レ!!!!」
その瞬間、空を騒がせていた不穏な気配は霧散し、祐徳の空には一点の曇りもない青空がどこまでも広がっていった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




