岩崎社の神々と、正真正銘の嫁入り
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
祐徳稲荷神社、その一角に鎮座する岩崎社。六月後半の午前十一時を過ぎた頃、社の中には独特の緊張感と静寂が漂っていた。
一時間前に起きたあまりの出来事に、慶は魂が抜けたように茫然自失の体で座り込んでいる。
その傍らでは、紅が何事もなかったかのように一人ボイストレーニングに励み、白が静かにピアノを奏でていた。
不意に、流麗なピアノの音が止まった。白が鍵盤から手を離し、外へと意識を向ける。
「足あとが聞こえてくる……こちらに近づいてきているみたい」
紅も喉を休め、瞳を細めた。
「狐の嫁入りの行列が、そろそろ来る頃か……」
ふと、紅は何かを感じ取り、眉を動かした。「……この**気配**」
「気配」というその言葉が、慶の耳を叩く。死んでいた魚のような慶の目に、一気に焦燥の光が宿った。
「べ、紅……。あ、あいつか? あいつの**気配**なのか……っ!?」
動揺する慶の姿を見て、紅は耐えきれずに腹を抱えて笑い出した。
「ハハハハ! 慶、慶姐さん。よ~く気配を感じてみてよ」
「ムカッ……! ウチを馬鹿にしちゃいけないよ。そりゃあ……」
慶は紅の言い草に色をなしたが、すぐに声を潜めた。「……ビビってるけどさ……」
白が冷静に気配を分析する。
「この気配、人間じゃない。あの子たち……前線カフェの女の子たちと**同じ気配**……」
「そう。この気配は皆、狐神族の気配だね」
紅は確信を持って頷き、それから少し不思議そうに首を傾げた。
「それにしても、これは本当に正真正銘の『狐の嫁入り』だ。白昼堂々、一体どうなっているんだ……」
慶は依然として腰が引けたまま、二人を外へ促そうとする。
「紅……白も。そ、そんなに気になるのなら外に出てみたら? ウチはこの岩崎社を……中でしっかり守ってるからさ。ね?」
白がジト目で慶を見つめた。
「慶、相当重症……」
紅は苦笑しながら、白を誘った。
「白、少しだけ外の様子を見に行こうか。もしかしたら……あの**御神様**もいるかもしれないよ」
「いや、いないいないばあっ! 絶対に、いないいないBAAAAN!!」
慶が食い気味に、必死の形相で叫んだ。
白は呆れたように肩をすくめる。
「今日の慶は、お、おかしな神様になってる……」
「白、いや、慶は元々おかしな神様だよ」
紅はハハハと冗談めかして笑った。「**ビリケンさん**なんだから……。じゃあ、白、行こうか」
紅と白がゆっくりとした足取りで岩崎社を出ると、そこには立ち入り禁止の看板がどけられ、警備員たちが手際よく行列の誘導に回っていた。
「もう、そこまで来ているようだな。これは確かに正真正銘の『狐の嫁入り』だよ」
紅は、近づいてくる雅な空気に目を細める。
「紅、これが本当の狐の嫁入りなの……?」
白が隣で小さく息を呑んだ。
「私が最後に本物の『狐の嫁入り』を見たのは、いつの頃だったかな……。数十年前か、あるいは百年位前か……」
紅は遠い記憶を紐解くように語り始めた。
「私が二十年の間、修行に行っている直前までは、人間たちが狐神族――ウカノミタマ様の眷属の姿に扮して行列を行っていたから。本物は人間に姿を見られないように、皆が寝静まった頃に行うのが時代の流れだった」
「そ、そうか……。でも、あの行列は**本物**の狐神族だよね」
「それは間違いない。気配が違うし、少しだけ神気が混ざっているものまでいる。こうやって白昼に堂々と行列をしているのは、やっぱり、こじ開けられているおとぎ前線と関係があるのかな」
その時、背後からおそるおそる慶が這い出してきた。慶は社を出た瞬間に辺り一面を素早く見回し、例の「御神」がいないことを確認すると、ようやく憑き物が落ちたような安堵の表情を浮かべた。
「(独り言で)ほら、いや、いないいないばあっ! だった……」
慶はフ~ッと深いため息をつき、ようやく普段の調子を取り戻した。
「慶も来たか。今から来るのは、本物の狐の嫁入りだよ」
「ウカノミタマ様の眷属である狐神族だね」
白と紅が慶を迎える。
「行列をしているのは皆、狐神族だよな。あとは人間の観光客か……」
慶が鼻を鳴らす。
白が前方を指差した。
「そろそろ、行列がこちらの社に来る……」
「(深いため息をついて)では、新しい門出に立つお客様をお迎えしましょうか」
紅はどこか照れくさそうに、口角を上げた。
「一応、私、恋愛成就と良縁成就の**神様らし|い《・>**から。全然、この響きには慣れていないけどね」
慶がそんな紅の背中を叩いた。
「人を……いや、今回は狐神族か。まあ、誰かを幸せに導くことに変わりはないよ」
慶は顔を上げ、近づいてくる新郎新婦の姿を眩しそうに見つめた。
「あの幸せな新郎新婦を、いっちょ祝福してあげましょうか! YO-YO-♪」
いつもの調子に戻った慶の言葉に、白が微笑む。
「では、**私たちのお仕|事《・>**を始めましょう」
岩崎社の三人の神々は、神聖な神気を纏いながら、祝福の行列を迎え入れる準備を整えた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




