白無垢に込めた想いと、それぞれの涙
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
佐賀県鹿島市、前線カフェ。オープンから二か月弱、六月後半の午前十時五十分頃。
商店街を練り歩く**「狐の嫁入り」の行列。その先頭集団が店舗の前に差し掛かったその時、店内から祈里と沙希**が弾かれたように飛び出してきた。
「創思さ~ん、亜依さ~ん! ご結婚おめでとうございますっ!」
祈里はこみ上げる感動を抑えきれず、精一杯の声を張り上げた。
隣に立つ沙希も、緊張で声を震わせながら続く。「ご結婚、お、お、おめでとうございます……!」
沿道の活気と雅な囃子の中、二人の声に気づいた新郎新婦が、穏やかな笑みを浮かべて手を振り返した。
「わ、私、角隠しを頑張って作った甲斐があったよ……」
祈里は、自分が丹精込めて仕立てたその布が、花嫁の頭を美しく飾っているのを見て、胸を熱くした。
沙希がうっとりとその姿を見つめる。
「良かったね、祈里ちゃん。私は新婦さんは今日初めて見たけど、本当に奇麗……」
「亜依さんはね……」
祈里は潤んだ瞳で花嫁を見送った。「狐の嫁入りの準備期間、私と同じ衣装工場で働いていたの。彼女はお嫁さんの白無垢を作る担当の一人だったんだけど……」
祈里の声が、徐々に涙混じりになっていく。
「亜依さんは、この嫁入りが成就したら絶対に自分で縫った白無垢を着るって決めてたんだよ。試練が始まってから、普通なら何人かで分担する作業を、ずっと一人で……少しずつ、少しずつ縫い上げてきたんだから。ね、沙希ちゃん……」
沙希もその言葉に、ボロボロと大粒の涙をこぼした。「感動です……。私、感動しました。お二人は本当に素敵な絆で結ばれているんですね」
「そうだよ。この嫁入りは、私たち狐神族にとって、ウカノミタマ様から授かる試練の中でも、一番尊くて、一番厳しいんだから……」
祈里は鼻をすすりながら、誇らしげに、そして切なげに語った。
「そうですね……一番尊くて、一番厳しい試練です……」
沙希も深く頷き、二人で手を取り合って泣きじゃくった。
そこへ、店内にいた神那、美琴、店長の雫、そしてアルバイトの理名の四人も外の様子を見に集まってきた。
「店長! この行列、近くで見ると圧巻ですね~え!」
理名が感嘆の声を上げる。
雫も眼鏡の位置を直しながら、圧倒されたように呟いた。「ああ……私も初めて見たけど、確かに圧巻の一言ね!」
「凄い、凄いですっ! わ~、花嫁さん、なんて奇麗なの♪」
理名がうっとりと目を輝かせる。
ふと横を見ると、美琴が顔を覆って号泣していた。
「うううううううう……」
「美琴さん……良かったですね……。亜依さんも、とっても奇麗……」
しっかり者の神那までもが、涙声で美琴の肩を抱いている。
事情を全く知らない雫と理名は、手放しで泣き崩れるスタッフたちの様子に、戸惑いを隠せない。
「みんな、なんでそんなに泣いてるんだ……?」
雫が不思議そうに尋ねる。
「た、確かに凄い行列だが、そこまで感動するものなの?」
美琴は溢れる涙を必死にこらえながら答えた。
「す、すいません。お嫁さんが奇麗だったので、あまりに幸せそうで……。あ、店の中に戻らないと。私、先に入っていますね」
彼女は急いで涙を拭い、逃げるように店内へ戻っていった。
「あっ! 私も調理場に戻らなきゃ。店長も早く~!」
理名も慌てて後を追う。
「私も接客に戻ります……」
神那も涙声のまま、しずしずと店へと引き返していった。
雫は苦笑いしながら、外に残った二人へ声をかけた。「あ、ああ、そうそう。祈里ちゃんと沙希ちゃんも、しばらくは見てていいけど、落ち着いたらテラス席のお客さんの対応を頼むわよ」
四人が店内に戻ると入れ替わるように、人混みをかき分けて志織と稲穂、亜都の三人が戻ってきた。
「ふぅ~、やっと戻れたわ。それにしても長い行列ね。まだ後ろが鳥居の前にいるじゃない!」
志織は少し疲れ気味にため息をついた。
「ねえ稲穂ちゃん、これでも少ない方なの?」
「少ないですよ! 今日式を挙げるのは一組だけでしょう?」
稲穂が自信満々に答える。
「年によっては二組、三組と合同でやる時もあるんですから。こんなものじゃないですよ!」
志織は少し驚いたように目を丸くした。「詳しいのね、稲穂ちゃん」
「これでも地元のものですから!」
胸を張る稲穂に、志織は苦笑した。
「そ、そうよね。野暮な質問しちゃったわ。祈里ちゃんや神那ちゃん、美琴さんも、みんな地元の人だもんね」
ふと、志織は鼻を赤くしている沙希と祈里に気づいた。
「あ、沙希ちゃんも祈里ちゃんも泣いてるわね。お姉さん、分かってるわよ~。あの新郎新婦は、お知り合いなんでしょう?」
志織は自信たっぷりに胸を叩いた。「**超遠距離恋愛**で、ずっと会えなかったんですってね。本当によかったわね~、報われて!」
「……超、遠距離恋愛、ですか……?」
初めて聞く単語に、祈里は涙を止めてきょとんとした。
「亜都ちゃんから聞いたわよ。二人は会いたくても会えず、ようやくこの日を迎えたって……。もう、羨ましいくらいロマンティックね♪」
熱っぽく語る志織を前に、祈里は呆れたように力なく答えた。
「は、はあ……」
二人の間に流れる妙な温度差を他所に、狐の嫁入りの行列は、ゆっくりと、幸せを運ぶように商店街を進んでいった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




