狐の嫁入り当日
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
前線カフェの店内は、開店したばかりだというのに、異様な熱気に包まれていた。
周囲の**門前商店街**の閑散とした雰囲気とは裏腹に、この一軒だけが尋常ではない賑わいを見せている。
店長の**碧海 雫は、その光景に戸惑いながら、稲穂と亜都に語りかけた。
「今日は『狐の嫁入り』という婚姻行事が稲荷神社であるみたい。毎年は地元の観光協会と稲荷神社、そして、この門前商店街を盛り上げる行事として、『狐のお婿さん』と『お嫁さん』を募集して、三月末に行われるイベント行事らしいけど……。今年も一度三月に行われたけど、今年は特別にもう一度、『狐の嫁入り』**のイベント行事をするんだって。募集もかけずに、急遽、突然に決まった事みたい……」
稲穂は、わざとらしい言い回しで「へえ~」と気の抜けた返事をした。
亜都は、申し訳なさそうに「そ、そうなんですね」と相槌を打つ。
雫は、周囲を見回し、さらに言葉を続けた。「**『亀』さんの話寄ると、毎回、『狐の嫁入り』**のイベントには沢山の人が集まるらしいけど、今日は告知さえもしていないようだから、客足は普通くらいだと思っていたのに、予想に反して珍しく人多いわよね。しかも、みんなこの行事があることを知っていたかのように、本格的な衣装を着ている人が沢山!」
その時、隣の**鶴亀商店から亀**が慌てた様子で前線カフェへ走り込んできた。
亀は、息を切らせて言う。「**雫さん!今日はマジでヤバいっすよ!三月の『狐の嫁入り』**の何倍も人だかりが凄いっす。年末年始の正月なみですよ。お客さんも不思議な位、本格的な衣装を着てるし……」。
彼は店内を見回し、疑問を呈した。
「人の多さの割には、お店に来る人は少ないんですよね?」
祈里が明るい声で客を迎えた。
「いらっしゃいませ!お客様、テーブルとお座敷がありますが、どちらになさいますか?」
沙希はオドオドしながらも、接客を始めた。
「い、いらっしゃいませ。お外にはテラス席もございますよ。只今、満席ですので、そちらの赤布で覆われた**床几台**にお座りお待ちください」
雫は、その状況に、それこそ狐につままれたように目を白黒させた。
「う、うん?店開けてそんなに経ってないし、さっきまでは誰もお客さんなんていなかったような……」
亀は驚きを隠せない様子で言った。
「**前線カフェは大繁盛?ですね……。あれ?今、俺って、この店に入りましたよね?お客さんがいたような気配もなかったけど、満席になる程、大盛況だったんすか。あ、雫**さん、すいません。凄く忙しい時に来てしまって……」
「い、いいですよ……」
雫は状況が掴めず、亀を気遣いながら、「稲穂ちゃん、**神那**や美琴さんは?」と尋ねた。
稲穂は「店長が亀さんと話に夢中だから、厨房に回ってますよ」と答えた。
「あ、ああ……そうね」
雫は、ようやく状況を理解した。
「私も直ぐに厨房に行くね。亀さん、ごめんなさい。私って今、本当は凄く忙しいみたい……」
「良いっすよ!」亀は、雫の忙しさを察した。
「**前線カフェ**がこんなに大繁盛なら、ウチにもお客さんが急に増えてるかも知れないっす。もう戻ります」
雫は手に持っていたエプロンを手早く着用し、亀は隣の**鶴亀商店**へと駆け戻っていった。
稲穂は、いたずらっ子のように笑い、亜都に耳打ちするように言った。
「これが本当の狐につままれたね」。そして、ハハッと可愛らしく笑った。
亜都は呆れ声で「い、稲穂ちゃん……」とたしなめながら、「私達も接客する?」と小声でフリをしてから、元の口調に戻し「しないとね?」と稲穂に同意を求めた。
「そうだね……」
亜都は苦笑いして、ハハハと笑った。
その時、一人の女性が陽気な声で店に入ってきた。
「おはようございます。お疲れ様で~す♪」
彼女は、お店の中をキョキョロと眺め回し、再び陽気な声で話し始めた。
「亜都ちゃんね?お久しぶり~♪」
稲穂は戸惑いの声を上げた。
「こ、この人……。だ、誰?……亜都ちゃんの事知ってるけど……知り合い?」
亜都は焦りの色を濃くし、「い、いえ……。私、知らないけど……でもなんだか不思議な感じがする……」と答えた。
女性は、寂しそうに声を落とした。
「亜都ちゃん~、おばちゃん寂しいな……」
そして、今までの寂しげな声から一変させ、「ま、いっか!」とへへへと笑い、店の奥へと視線を向けた。「え~っと、**雫**ちゃんは厨房かな……」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




