帰路へ…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
時刻は深夜二十五時(午前一時)頃を過ぎていた。
命婦大神、美琴、沙希、亜都、稲穂の五名が、静かにその部屋へと足を踏み入れた。
「い、祈里ちゃんいますか〜?」
沙希は、部屋の入り口から、いつものようにオドオドと声をかける。
部屋の隅にある作業台の上には、ほぼ出来上がったばかりの**角隠し**が丁寧に置かれていた。その傍らでは、祈里が、いつの間にか来ていた神那と会話を交わしている最中だった。
「祈里も**角隠し**の制作作業は無事終わったみたいね」
神那は安堵の表情を見せた。
祈里は、疲労を滲ませながらも明るく答える。
「何とかね〜、今回は一つだけ縫えばよかったから……」
彼女はそこで言葉を切り、来訪者の中に沙希の姿を認めると、ぱっと顔を輝かせた。
「あっ! 沙希ちゃん……」
「あっ! 沙希」
神那は突然の訪問に驚き、そこにいる全員の名を口にした。
「命婦大神様、美琴さんも、亜都ちゃんに稲穂も……」。
美琴は柔らかな笑みを浮かべた。
「祈里さんも神那さんも、作業は終わったみたいね!」
「はい。先程、何とか**和箪笥**の飾り作業が一段落しました」
神那が報告した。
祈里はやや興奮した声色で、自信作を指し示す。
「私も**角隠し**できました! 我ながら会心の出来上がりです」。
「沙希さん、祈里さんも神那さんもいて良かったわね」
美琴が優しい声で言った。
「は、はい」沙希は頷いた。
その横で、稲穂がひそひそと独り言を漏らした。
「これで、いつものメンバー勢ぞろいって事ね」。
「稲穂ちゃん、何か言った?」亜都が聞き返す。
**稲穂**は咄嗟に否定し、苦笑いする。
「な、なんでもない。独り言だから。独り言」
美琴は、改めて二人に休むように促した。
「祈里さんも神那さんの作業が終わったのなら、もう、前線カフェの方に先に帰っていいわよ。『狐の嫁入り』の日まで、あと一週間。しかも、昼間の神社内で人間達と混じりながらの婚姻の儀式……失敗は許されないの。だから、十分、休める時は休みましょう」
「美琴さんは?」
祈里が心配そうに尋ねた。
「私は少なくとも**神気があるから大丈夫よ」
美琴は言い聞かせた。
「この衣装工場**の責任者としても『ウカノミタマ』様より拝命されているから、日が昇るまでは他の方達の衣装製作の進行の指示をしないと……」
「私も、お手伝いします」
神那は即座に申し出た。
「私も、神那ちゃんと同じ」
祈里も続いた。
沙希もオドオドとしながらも、自分にできることを探した。
「私にもお手伝いすることはないですか?」。
命婦大神は、威厳のある声色で、その申し出を丁重に断った。
「沙希様、亜都様は『ウカノミタマ』様の大事なお客様ですので、お手伝などはご無用です」
彼女は一呼吸置いた後、全員に向けて告げた。
「そろそろ**丑三つ時**になりましたのでそろそろ……稲穂!」
稲穂は、力強く「はい!」と返事をした。
「御二方様を前線カフェの方へ……そして、美琴、祈里、神那の三名も一緒に戻りなさい」
命婦大神は、一気に指示を出した。
「今晩は私が、この工場の様子を見ましょう。あとは従者方の衣装を残すのみ。そんなに難しい作業は残っていません。わたくしも久方ぶりに昔の事を思い出しましたわ!」
彼女の瞳には、かつて自身も針を持った時代の懐古の情が宿っていた。
「し、しかし……」
美琴は焦りの声を上げた。
命婦大神は、その懸念を遮った。
「『狐の嫁入り』は一週間後、まだ明日もあるのですから……。手が空いた祈里も神那も、他の者達の補佐は明日に改めて、沙希様、亜都様と今晩は**前線カフェ**に戻り、ゆっくりお話しでもしていなさい……」
亜都は安堵と共に感謝を述べた。
「命婦大神様、ありがとうございました。良かったですね沙希様」
「命婦大神様、本日は大変、勉強になりました。ありがとうございました」
沙希は、オドオドしながらも深々と礼をした。
祈里と神那も、その温情に甘えることにした。
「命婦大神様、ありがとうございます。お言葉に甘えます」祈里。
「私も祈里と同じく。命婦大神様、ありがとうございました」と神那も続く。
命婦大神は、最後に美琴に向き直る。
「美琴も行きなさい……」。
一瞬の間を空けて、彼女は上品に、ふふふと笑った。
「それとも、わたくしに任せるのが心配なのかしら」。
「いえ、そういう事では……」
美琴は焦り声で弁明した。
「では、早々に行きなさい」
命婦大神は促した。
「**『おとぎ前線』**も今晩は誰も監視すべき者もおらぬ故、そのままでは心配ですから……」。
「はい。分かりました」
美琴は頷いた。そして、皆を振り返る。
「それでは、みなさん、**前線カフェ**へ帰りましょう!」
「沙希ちゃん、今晩はゆっくりお話ができるね」
祈里が嬉しそうに言った。
「そうね」
沙希も微笑み返した。
神那が、すかさずツッコミを入れた。
「あなた達。昼間は毎日、飽きもせずに床几台の上で話してるじゃない」。
「それとこれとは別なの」
祈里は負けじと反論する。
沙希は、そんなやり取りを微笑ましく見つめながら、皆を誘った。
「稲穂ちゃんも亜都ちゃんも楽しかったね? それじゃあ、行こうか?」
「はーい」
稲穂は元気よく返事をした。
「亜都ちゃん、帰ろうか、うちに……」
亜都も親友と帰ることに喜びを感じていた。
「うん、一緒におうちへ帰ろう……」。
五人の少女たちは、**命婦大神に見送られながら、夜の奥の院を後にし、前線カフェ**への帰路についた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




