命婦大神と岩崎大神
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
時刻は午後五時四十分頃。
慶が、歌や踊りの力について昔の白の言葉を思い出しているその時、カサリ、と音を立てて命婦社の方から一人の女性が現れた。着物風の衣装を身に纏った、妖艶な容姿の女性――命婦大神だった。
「わあ〜! 驚いた! お久しぶりね」命婦大神は、本当に驚いたような声を出した。「最初は凄い神気が近づいてくるけど『ウカノミタマ』様と思ったけど……この時間はまだ参拝者も多いから、違うな……って思ってたのよ。それに良く似てるけど何か違うから、見に来てみたら……」
慶は驚き、紅に確認した。
「し、知り合いか。べ、紅?」
「命婦大神様……」紅もまた、心底驚いた様子でその名を呼んだ。
命婦大神は優雅に笑う。「そんな、わたしに**『様』**付なんて〜。『岩崎大神』様」
紅は慌てて否定した。
「命婦大神様、何を冗談を。人間達の変な噂のせいで、そう呼ばれてるだけで……私は昔と変わらず、『岩崎神』。
この『稲荷神社』の末席にある……」
「『末席』? 『末席』とは誰のことでしょう?」命婦大神はふふふ、と笑った。
「私の目の前にいるのは、偉大なる『ウカノミタマ』様と肩を並べる『岩崎大社』の『岩崎大神』様の御姿しか見えませんが……。それにしてもお帰りなさいませ。本当に待ってましたわよ」
「は、はあ……」
紅は戸惑いつつも挨拶を返した。
「お久しぶりでございます。命婦大神様、お、お変わりはなく……」
「わたくしは相変わらずですわ。ただ、最近の眷属の子の教育には、ほとほと困ってます」命婦大神は間を空けた。
「それにしても……二十年前と比べてまた、一段と神気が強くなられましたね。羨ましいですわ、岩崎大神様」
紅は自身の神格について訂正しようと試みる。
「あの……その……」
「なんでしょう」命婦大神が尋ねた。
「『岩崎大神』様というのは止しませんか? 今は**『紅』**って名乗っております」
「べ、紅ですか?」命婦大神は驚きの声を上げた。「同じ**『大神』の位を授かりし者同士、神としての『岩崎大神』様の存在**は、この『稲荷神社』になくてはならない存在……。そんな、人間みたいなお名前を……」
紅は、ウカノミタマより授かった名であることを告げた。
「**『紅』**という名は、この地より修行へ向かう前に『ウカノミタマ』様より授かりました新しい名前。それを大切にしたいのです」
「あらっ! 『ウカノミタマ』様よりお授かりしたお名前だったのですね」命婦大神は非常に驚いた声色になった。
「いいですわ。『ウカノミタマ』様の御言葉は、この『稲荷神社』の中では絶対的な決め事ですからね。では、**『紅殿』**で良いのかしら」
慶は、会話に割り込むこともできず、心配そうな声色で紅に声をかけた。
「べ、紅……」
紅は完全に二人の世界に入って、慶の存在を忘れていたことに気づき、慌てて振り返る。
「け、慶、ゴメンね……。『命婦大神』、申し遅れましたが、こちらにいるのが私の友人であり同志でもある**『慶』**です」
慶は一歩前に出て、深々と頭を下げた。「**『慶』**です。お見知りおきを……」
その瞬間、フワリと光り輝く九本の狐の尻尾を現した命婦大神は、しばらくじっと慶の姿を見つめた。
そして、次の瞬間、絶叫した。
「ああああああああああああああ! べ、紅殿、凄い有名神をお連れになってたんですね! わたくしとしたことが……大変失礼なことを……。神気を余り感じませんでしたので、どなたか気づきませんでした……あ、あの大変有名な**『ビリケン』**様ですよね?」
慶は寒気を感じているかのように身体を震わせた。
「え、えっと……人間達にはそう呼ばれてますが……、私の名前は**『慶』**です」
命婦大神はふふふと笑い、「**『慶』様も、『紅』**様と同じような理由がおありなんですね?」と尋ねた。
慶は焦り気味に否定した。
「わ、私はそんな大層な理由ではなくて……。その名前を名乗った途端、みんな見る目が変わるんですよ」彼女はへへへ、と愛想笑いを浮かべた。
「『見る目が?』 何故?」命婦大神は考え込んでいるような声色になった。
「まあ、わたくしのようなものでは分からない理由がおありになるのでしょう。ところで……、失礼なお願いではありますが、その御足を……」
「GYAAAAAAAAAAA……!」
慶は悲鳴を上げ、挨拶もなく早々に、ものすごい勢いで山頂にある奥の院へ向かって走り上がり始めた。
紅は、命婦大神に深々と頭を下げた。
「命婦大神様、私の仲間、友人の**『慶』**が大変失礼を致しました。私では役不足ではありますが、お詫びいたします。
それではまた。奥の院からの日の出を是非、仲間たちに見せたいもので……」
命婦大神はふふふと笑った。
「そうでしたのね。お止めして悪いことを致しましたわ。それではまたご機嫌よう。もう帰られてきたのですから、いつでもお会いできますわよね」
「ありがとうございます。もう一柱、仲間がおりますので、また日を改めて、お伺いさせていただきます」紅はそう告げ、慶を追って奥の院へと歩を進めた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




