20年前の或る出来事…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
場所は稲荷神社内にある岩崎社の前。前線カフェがオープンしてからおよそ一ヶ月が経過した、午後四時半頃のことだった。
社の前には巨大なハートの絵馬が奉納されており、それを熱心に見つめる白と、隣でどこか上の空といった様子で放心状態の紅の姿があった。彼女たち眷属の向かい側には、慶と巫女姿の葵が緊張した面持ちで向き合っていた。
葵は驚きに目を見開き、信じられないといった声で尋ねた。
「紅様は、本当は……う、『歌の女神様』ということですか?」
慶は即座に首を横に振る。「いや……私が紅と初めて会った時は、ジャパンの末席に座らせてもらっている『伝承芸能』を伝える神だと言った。伝承芸能といえば歌や舞の事だよな?」
葵は言葉に詰まりながら答えた。「はい、勿論です。この神社でも二十年ほどまえから毎年、秋の頃に『伝承芸能フェスティバル』という催しが行われています」。そして、強い驚きの色を浮かべながら続けた。「まさか! 紅様は、その伝承芸能《でん……」
「……ンにいても、絶大な『神気』を持つ方が知らずに放置している訳はないな」
慶は葵の言葉を遮るように、静かに問いかけた。「葵は何か知らないのか? なんでもいい。こんな状況になった理由を...」
葵は小さく息を飲み、言葉を選んだ。「この話は生前の祖母から聞いた話です。祖母がウカノミタマ様より夢見のチカラでお聞きした話ですが...、紅様は二十年以上前から修業の旅に行きたいと仰っていたそうです。ウカノミタマ様はそれを許そうとはしなかったと...」
慶は深く納得したように頷いた。「そうだろうな...。二十年どころか、ウカノミタマ様との約束がなければ、まだウチ達と世界のどこかで神々と歌を歌って過ごしてたと思うよ。紅は歌に関しては、呆れるほどのストイックだからね」
葵は恐る恐る、さらに秘められた話を続けた。「勿論、私が生まれる前の話なので良くは分からないのですが...。その件の約二十年前に、一人の男性の『恋愛成就』の願いを、紅様が叶えたのがきっかけだとか...」
慶は眉をひそめ、驚きの声を上げた。「男? 人間の男だよね? 『伝承芸能』の神様である紅が、お門違いの『恋愛成就』の願いを叶えたというのは眉唾ものみたいな話...じゃあ、男は男でも加護持ちとかそんなだったとか?」
慶の問いに対し、葵は落ち着いた声で答えた。「い、いえ……人間の男性と聞いています。普通の人間の男性だと……。その男性の願いが、ウカノミタマ様の御気持ちを動かしたと。私が祖母から聞きましたのは、そこまでです」
慶は深く腕を組んで、状況を推理するように話し始めた。
「そこにいる白は『キューピッド』という天使の別名も持ってる話は聞いてたわよね。そして、ウチはこれでも『幸運を授ける神さん』と言われてる……」
彼女は紅の神格について推測を重ねる。
「紅が予想した通り、『伝承芸能を伝える神』、『恋を叶える天使』、『幸運を授ける神さん』。この三柱が偶然、絶妙に交わったことと、『神気』ではなく純粋な歌の力で人間を幸せにしたいと願って、『自分の意志で常に抑え込んでいる』紅の力が無意識に摂社に流れ込んでいたのなら、今の状況はつじつまが合う。だが、二十年前の話は怪しいな……」
慶はそう結論づけ、葵とともに、まだ放心状態のまま立ち尽くしている紅に近づいた。
慶は紅の背中を思い切りバシリと大きく叩いた。
「い、痛い!」
紅は叩かれた衝撃に驚き、少しの間を空けた後、我に返ったように呟く。「あっ、慶? 私は……」
慶は苦笑いを浮かべ、紅を気遣う。「OK! お目覚めかい」
紅が正気に戻ったのを確認すると、慶は次に、相変わらずハート探しに夢中な白の眼前に移動し、そこに座り込んだ。手を目の前で振りながら、わざとらしい声で声をかける。
「白さーん、そろそろ、ウチ達の新居に入りますよ~。いいですか~」
慶の苦笑いが漏れた。
白は突然、現実の世界に戻され、驚いた様子を見せる。
「あっ! 慶……」
普段、無感情的な白には珍しく、どこか恥ずかしそうな様子で、彼女は言った。
「わ、分かった。入ろう。新居に。『IS:T』の新しい家」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




