社長の置き土産
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早朝の門前商店街は、清澄な空気に包まれていた。
碧海 雫は、神社の鳥居の朱色が滲む薄明かりの下、店先のわずかな日陰に身を寄せ、スマートフォンを耳に押し当てていた。昨夜、恐るべき秘密と、それを体現した神族の少女たちから逃げ出した後、彼女は一睡もできずにいた。
頭の中は混乱と疑問符でいっぱいだ。答えを知っているであろう、全ての元凶——社長に電話をかける以外、取るべき手段がなかった。
<スマートフォンの着信音の後、すぐに電話が繋がる音が聞こえる>
??:「おはようございます。お疲れ様です。どうですかお店の準備?」
社長の陽気で能天気な声が聞こえてくる。雫は胸の内で静かに怒りを燃やしながら、努めて冷静に話し始めた。
「おはようございます。社・長……じゃなくて、私のメール、見ましたか?」
「喋る狸の人形と4人の女の子が扉から出たーって内容?」
社長の声は楽しそうだ。雫の渾身の恐怖体験が、まるで面白い夢の話のように扱われている。
「大家さんが言ってたんですが、社・長、何か知ってます?知ってますよね?あの狸の人形も社長が……」
「狸の人形?」社長はわざとらしく少し間を空けた。「あー、**亜都**ちゃんね。可愛いでしょ。昔からの知り合いが、お店オープンするからと言ったら、開店祝いって言ってくれたの。稲荷神社に狸の編みぐるみってのもおかしな話だけど。可愛いでしょ?」
「社長、そ、それも何ですが、4人の女の子が扉から現れて……」雫は声が震えるのを止められなかった。「い、いや、夢じゃないんですよ」
雫が必死に訴えようとした瞬間、社長の声は途切れた。
<プープーという、無情な電話の切れる音が聞こえる>
雫はスマホを握りしめたまま、大きく、深い溜息を一つ吐いた。「ふーーーっ……」
その時だった。
「(大きなため息に驚きながら)雫さん、お、おはようございあす」
隣の煎餅屋の店主、亀さんが、店の戸を開けながら現れた。
「亀さん、おはようございます」
雫は、無理やり表情を取り繕うとしたが、昨夜の衝撃と社長への怒りが混ざり合い、顔が引きつっている。
「なんかあったんすか?あ、そいえばお店のスタッフもう雇ったんですね」亀さんは、前線カフェのガラス越しに店内を覗き込み、目を輝かせた。「お店の中で待ってるみたいですよ。女の子4人、みんな可愛いじゃないですかー。服は衣装ですか?巫女さんのような衣装を着てもらうって言ってたっすよね」
亀さんの言葉に促され、雫も店の扉に目をやった。
<店内で思い思いに自由にしている「おとぎ前線」の4名の姿が、雫の目に飛び込んできた。>
祈里はテーブルの上でストレッチのようなものをしている。神那は無言でメニュー表を睨みつけている。美琴は窓辺で優雅に座り、沙希は隅で編みぐるみの亜都とオドオドしながら相談している。
彼女たちは、完全にこのカフェを自分たちの新たな拠点にしているようだった。
「(驚いた声で)か、亀さん……」
雫は、腰を抜かした昨日よりもさらに絶望的な表情を浮かべた。
「(驚いた声で)なんすか雫さん、オープン間近ですし夜遅くまで準備してるから、疲れてるんですか。スタッフの女の子達にできることだけしてもらって、休んだ方が良いっすよ」
亀さんは、雫の動揺を全て**「過労」**として処理してしまった。
「いや、大丈夫ですよ」
雫は、物静かな雰囲気を取り戻そうと、なんとか平静を装った。しかし、心の中で、彼女の秘めた熱血漢が、小さく、しかし確実に叫んでいた。
「(ボソリと小声で)大丈夫じゃない……か」
こうして、碧海 雫の物静かな日常は、神様アイドル「おとぎ前線」によって、完全に破壊されることになったのだった。
読んで下されば嬉しい限りです。
心機一転、無理せずマイペースで連載します。




