オドゥドゥアの老婆
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
場所: オドゥドゥア(ブラジルのリオデジャネイロ州某所にある祭壇場)。
時間: 天界からの出発直後。
ビィィィーンと、空間をこじ開ける音が鳴り響いた。
光の奔流を抜けたIS:Tの三人が降り立ったのは、荘厳な白亜の宮殿でも、静かな雲海でもなかった。土の匂いと、熱帯の植物が持つ強い生命力が渦巻く、どこか熱を帯びた異空間。
「(焦った声で)べ、紅、ここはジャパンじゃない? 違う前線?」
白は、周囲の光景の急激な変化に戸惑い、感情のない表情にも焦りの色を浮かべた。
「白、言ったでしょJOY TRIPだから……」
慶は既に床に座り込み、腹を抱えて笑い出した。
「ハハハハハ……! ワープミスだよ、ワープミス!」
紅は微笑んだまま、周囲の神気の波動を把握した。ここが、南米のブラジル、カンドンブレ神話の結界(前線)と繋がっている場所だと瞬時に理解した。
「どうせ日本には帰らないといけないんだから。白、"JOY TRIP"楽しい旅行にしようよ。世界中の前線の幾つか回り道してもいいよね」
紅は白の頭を優しく撫でた。
その時、再びビィィィーンと空間が開き、三人の前に、突如として一人の老婆が現れた。肌は深い色を帯び、頭にはターバンのような布を巻き、強い眼差しでこちらを見つめている。
老婆は三人を観察するように見つめた。
「あらあら、異国の神が何故、この"オドゥドゥア"に。前・線をまちがえたのかの?」
紅はすぐに敬意を込めて深々と頭を下げた。
「これは、あなた様は"カンドンブレ"の名高い神様かと思いますが……」
「ワシの名前は"ナナン"。ただのお婆ちゃんじゃよ」
ナナンは静かながらも重みのある声で返した。
「"ナナン"様……カンドンブレの……」白がハッと息をのんだ。「せ、**"聖・女・ア・ン・ナ"**様では……」
「そう呼ばれるときもあるかの。でもこの"カンドンブレ"の世界では"ナナン"という、ただのおばあちゃんだよ」
「**"聖・女・ア・ン・ナ"**様って、あの……イエス様のお祖母ちゃん?」
慶が口を滑らせる。紅は反射的に慶の口を手で塞いだ。
「しーっ、慶!」
「ごめんごめん」慶は笑って誤魔化した。
「失礼しました。ウチの名前は"慶"といいます。"ビ・リ・ケ・ン・さ・ん"とか呼ばれるときもありますけど。神様の中では新・参・も・んです。お見知りおきを」
ナナンは目を細めて、愉快そうに笑った。
「**"ビ・リ・ケ・ン・さ・ん"さん、あんたみたいな"有・名・神"に会うとは、それは光栄じゃ。で、"足・を・掻・く"**とワシも幸せになれるかの?」
「OH! NO! やめてー! あれはですね。あれはまあ……」
慶は顔を真っ青にして後ずさった。自分の力の源泉である「足掻き」の儀式を、伝説の神に試されるのは心臓に悪いらしい。
「(老婆にしてはやや大き目な声で笑う)ははははははは……。わかっとるよ。冗談じゃよ」
ナナンは笑い声を響かせた。
「アンナ様……いえ、ナナン様は何故、こちらに?」
白が尋ねた。
「こちらにも何も、ここは神聖なる"カンドンブレ"の祭壇じゃ。ワシがいて何かおかしいかの?」
「い、いいえ。天界の方にいつもいらっしゃるかと……」
「そなた、**智天使じゃろ。そんなかしこまらんでいい。第二階位にある"智天使"様が、この"ビ・リ・ケ・ン・さ・ん"**や」
ナナンは白の肩の力みを解くように語り、視線を紅へと移した。
「そこの……」
「紅といいます。ジャパンのウカノミタマ様の小さな**摂社**の一つを任されていた力なき者……」
紅は、自己紹介の際に力を過度に小さく見せようとした。
「ジャパンの"ウカノミタマ"様は相当の有名神じゃの。人の子の願いを叶える力の凄さは、ワシのような老婆でも知っておる。そして、その願いの代・償の大きさもな」
ナナンは紅の意図を察したように続けた。
「小さな摂社の神というたが、紅さん、そなたの力は小さな摂社の神というには、いささか冗談にしか聞こえんのじゃが……。そこの**二柱**とも変わらぬ、いや、それ以上の力を持つ神族とみてるのじゃが……」
疑わしげなナナンの眼差しに、紅は動じることなく答えた。
「いいえ、私は本当にジャパンのウカノミタマ様の小さな摂社を任されてるものに過ぎません」
「まあ、よいのじゃが……。それにしても、わざわざ、この**"カ・ド・ン・ブ・レ・の・前・線"**に来てるというのは、何か誰かに用があるのかの?」
ナナンは、興味深そうに三人に尋ねた。
「JOY TRIP……。私たちはJOY TRIPしています」
白が、その言葉を気に入ったように、抑揚なく繰り返した。
「JOY TRIPか! それは楽しそうじゃの?」
ナナンは楽しげに微笑んだ。神話世界の旅は、まだ始まったばかりだ。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




