IS:T エピローグ:救われた願居
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
午前四時、未明。“裏”の世界の佐賀県太良町、大魚神社。
海中鳥居の先に広がる静かな海上で、浄化の儀式は最終局面を迎えていた。紅は、愛する願居をその腕に抱き、彼の魂を蝕む漆黒の闇と対峙していた。その様子を、ジャパンの風神である級長津彦命と級長戸辺命の二柱が、固唾を呑んで見守っている。
「岩崎大神殿は、あの子の闇・を探し出したようだな!」
級長津彦命が、青年らしい張りのある声で状況を察した。
「これからが正念場よ!」
級長戸辺命が、紅へ向けて鋭く、しかし導くように声を飛ばす。「岩崎大神殿、その子を包み込む闇・を自分の中に取り入れるの……」
紅は願居を慈しむように見つめ、優しく囁いた。「願居……あと少しの辛抱よ……」
直後、彼女の顔が苦痛に歪む。願居から流れ込んでくる膨大な闇の奔流に、紅の喉から「ウウウウッ」と苦しげな声が漏れた。
「し・な・つ!」
級長戸辺命が弟神に指示を飛ばす。
「岩崎大神殿があの子の闇を全て取り込んだら、すぐに引き離して! そして、すぐに“表”の世界へ続くお・と・ぎ・前・線・を通り抜けて!」
「姉・貴・はどうするんだ」
級長津彦命が少し驚き、姉を見やった。
「もし、岩崎大神殿がすぐに邪神化したら、その子まで道連れになるからね。私が何かある時は足止めをするわ」
「わ、分かった。俺は願居を引き離したら、すぐに“表”の世界へこの子を送り届けて戻る。姉貴はそれまで様子を見ながら、足止めするんだな」
納得した弟神に、級長戸辺命はフフフと余裕の笑みを浮かべた。
「よくできた弟・ね」
「何十億年、弟・をやってきたと思ってんだ! じゃあ、準備するぞ」
依り代となった紅の身に、願居の闇が容赦なく吸い込まれていく。
「ウウウウウッ……!」
紅は声にもならない呻き声を上げ、身をよじらせた。意識が朦朧とする中、彼女は最期まで彼女を想う。「ね、願居……」
「姉貴、見ろよ! 凄いな!」
級長津彦命が、信じられないものを見るような声を上げる。「俺が思っていた想像以上の速さで闇・を吸収している……。こいつはもしかして……もしかしてか?」
「うわああああああああ!」
紅の絶叫が、静寂の海に響き渡る。
「もう、闇を吸収してしまいそうだから、早くあの子を!」
急かす級長戸辺命の声に、級長津彦命が応じる。「わ、分かってるって」
ついに願居の闇をすべて吸収し尽くした瞬間、紅の指先から力が抜け、強く握りしめていた腕が緩み始めた。
「し・な・つ・、行って!」
姉の叫びと同時に、級長津彦命が風となって駆ける。海上へと落下する願居の身体を、見事な手際でキャッチした。
「飛ばしていくぜ!」
「頼むわよ!」
級長津彦命はそのまま凄まじい勢いで飛行し、海中鳥居に揺らめく「おとぎ前線」を突き抜けて“表”の世界へと消えていった。
残された海上。級長戸辺命は、苦悶する紅の側へとゆっくり近づく。
「岩崎大神殿、私の声が聞こえる?」
「うわああああああああ!」
紅の叫びは止まらない。取り込んだ闇の根源が、彼女の魂を塗り潰そうと暴れ狂っていた。
「これが、貴女から去った願居の闇・の根源よ」
級長戸辺命は声を張り上げ、紅の魂に呼びかける。「でも、貴女は二十年前の昔の貴女じゃない。その極限まで抑え込んだ神気をすべて解放しなさい! それで、もうすべてが終わるわ」
女神は一度言葉を切り、不敵な笑みを漏らした。「そう……いとも簡単にね」
「うわああああああああ!」
「さあ、神気を解放しなさい! 岩崎大神殿、今、貴女が持てる神気で、すべてを祓いなさい!」
その言葉に応えるように、紅の全身から爆発的な光が溢れ出した。彼女を包み込んでいた禍々しい闇の力は、眩い神気の輝きによって、一瞬にして露と消え去った。
「ね、願居……」
憑き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべた紅は、しかし力尽き、意識を失いながら水面へと倒れ込む。それを、級長戸辺命が優しく抱き止めた。
「余りにも長い時間、自分の神気を抑え込みすぎたから、力加減が分からなくて、驚・き・で・気・を・失・っ・た・み・た・い・ね」
女神は呆れたように、しかし愛おしそうにフフフと笑った。
そこへ、おとぎ前線を通って級長津彦命が戻ってきた。彼は目の前の光景に目を見開く。
「お、終わったのか! 早くないか、姉貴!」
「私達は必要なかったみたいよ。あの妹が何でも知ってて、保険のつもりで頼んだんじゃないの」
「そうか……あいつならやるだろうな」
級長津彦命は溜息を吐き、呆れた声を出す。
「余り俺達を振り回さないで欲しいんだが……」
「しなつ、それでは私達も戻りましょうか」
昇り始めた朝日が、静かな海面を照らし始める。嵐は去り、神々の長い夜が明けようとしていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




