紅と願居のキズナ
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
深夜三時三十分。海中鳥居の上に揺らめく「おとぎ前線」が波打ち、そこから二柱の風神と、願居を抱きかかえた紅が姿を現した。辿り着いたのは、“裏”の世界における佐賀県太良町の大魚神社。境界を超えた先にあるその場所は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
「ウウウウウッ……!」
願居の喉から、理性を失った獣のような、声にもならない呻きが漏れる。
「静・か・だ……」
級長津彦命が周囲を見渡した。「“表の世界”も“裏の世界”も、この静けさは場所が変わっても変わらないか……」
「では、始めましょう……。岩崎大神殿」
級長戸辺命が落ち着いた、しかし重みのある声で問いかける。
「罪穢を被り、大祓する覚悟はできたかしら」
「もうと・っ・く・に・覚・悟・は・で・き・て・ま・す・!」
紅は泣き出しそうな声を振り絞り、力強く答えた。
「では! 岩崎大神殿、海中鳥居より先にある広・い・海・上・ま・で・……」
級長津彦命の先導に従い、紅は震える足取りで海へと向かう。
「分・か・り・ま・した。……願居、行こうか」
腕の中の愛しい存在に優しく囁き、彼女は水面を渡った。
鳥居の先、遮るもののない広い海上で、一行は足を止めた。
「今から、願居の大祓を行います」
級長戸辺命が儀式の厳粛さを説く。「岩崎大神殿、この儀式は大変危険なものです。通常は人で作られた『人形』を依り代として罪穢を移し、外部から滅するもの。ですが今回は、貴女自身が願居の依り代となり、全てを被らなければならない。そして、ご自身の神気でそれを打ち破るのです……!」
「人間でも、眷属でもねえ。今の願居はもう、悪神か邪神だ」
級長津彦命が冷徹な事実を突きつける。
「その子が闇・に心の全てを許した瞬間に、もう救われねえ」
「もう時間がありません」
級長戸辺命が急かすように言葉を重ねた。
「岩崎大神殿、もし貴女がその子の闇を被り、ご・自・身・の・中・で・打・ち・破・れ・な・か・っ・た・場・合・は・……」
「分かっております……」
紅は、その先に待つ運命を察し、短く応じた。
「その時は、私とし・な・つ・が、貴女を苦・し・ま・せ・ず・に・滅・し・ま・し・ょ・う・」
女神の声に悲しみが混じる。「そして、貴女によって救われた願居は、私・た・ち・が・責・任・を・持・っ・て・、こ・れ・か・ら・ず・っ・と・見・守・り・続・け・る・こ・と・を・誓・い・ま・し・ょ・う・!」
「あ、ありがとうございます……。ねえ、願居は必ず、助けてあげてください」
「俺と姉貴に任せろ! では、始めるんだ」
級長津彦命が気合を入れるように命じた。
「まず、願居を浸蝕している闇を感じろ。そして、それを自分の中に取り入れるんだ……」
「はい……。願居、あともう少しだよ……」
紅は大きく深呼吸をし、フ~と長く息を吐き出した。彼女は願居を包み込む「闇」の在り処を探るように、より強く彼を抱きしめ、静かに瞼を閉じた。
「心が一番通じ合う者なら分かるはずよ」
級長戸辺命の導く声が聞こえる。「願居の中にある、闇の根源が……」
深い、深い精神の闇の中。紅は愛する者の魂を呼び続けた。
「願居、どこにいるの……私よ。紅よ……」
(紅さん……紅さん……どこ、どこなの……)
闇の奥底から、弱々しい願居の声が返ってくる。
「願居、迎えに来たよ。二人で一緒に帰ろう……岩崎社へ……ふるさとへ……」
(紅さん……ダメなの……どんなに頑張っても、頑張っても……“歌でみんなを幸せにすること”ができないんです……)
「もう大丈夫だよ……」
絶望に染まる願居の魂に、紅は慈しみを持って語りかける。
「願居の側には私がいるから……。それに、みんなじゃなくても良いんだ。願居がいなくなってから、自分の力の無力さを感じて自・暴・自・棄・になってた時もあったけど……出会えたんだよ。大切な仲間たちに。願居も出会えただろう?」
(ら、雷鳴、蒼風、緑風、雷光……Gale & thunderのみんな……)
「私も出会えたんだ。慶と白……IS:Tの仲間たち。自分だけじゃ無理だけど、仲間や大切な人たちが居れば、いつか叶えられるって。み・ん・な・を・幸・せ・に・す・る・なんて、どんな凄い神様だってできてないことだから……。時間はかかるかもしれないけど、いつか絶対に叶えられる! だから、今度こそ一緒に頑張ろう。私は見てきたんだ、世界中の歌や踊りを! そして分かったんだ。歌・や・踊・り・に・は・垣・根・は・な・い・。だからこそ必ず、私・た・ち・の・歌・は・世・界・中・に・響・き・渡・る・よ!」
(べ、紅さん……た、助けて……。私はここに……)
「どこにいるの……」
(私はここです……ここに……)
漆黒の闇を掻き分け、紅はついに見つけ出した。震え、蹲る願居の真実の姿を。
「ねえ、願居……やっと会えた」
紅は優しく微笑み、彼の魂をその腕でしっかりと受け止めた。運命を賭した浄化の儀式は、今、真の局面を迎えようとしていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




