前線カフェ エピローグ:雨のち晴れ
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
八月二十九日、午前十一時。
あの日から約一ヶ月後。佐賀県を襲った令和元年豪雨災害の翌日、鹿島市の「前線カフェ」内には、重苦しい空気が停滞していた。
厨房では、店長の碧海雫が必死の面持ちで電話をかけ続けている。フロアでは「おとぎ前線」の四人が開店準備の手を止め、落ち着かない様子でいた。
店舗の入り口では、稲穂と亜都、そしてシュカの三人が、ガラス戸越しに降り続く激しい雨を眺めていた。
「あ、この雨……いつまで続くのかな……」
稲穂が不安げな声を漏らすと、亜都が自分に言い聞かせるように応じる。
「天気予報では、そろそろ止むって言ってたよ……」
その時、隣にいたシュカが、たどたどしい口調で呟いた。
「お、お姉ちゃん……」
「どうしたのかな? シュカちゃん……」
稲穂が顔を覗き込むと、シュカはどこか遠くを見つめるような瞳で言葉を紡ぐ。
「い、今、全部、終わった……。あ、雨……止む《・】……晴《・】れ《・】て《・】い《・】く《・】……」
「シュ、シュカちゃん? 何が終わったのかな?」
亜都が不思議そうに問いかけた、その時だった。
「みんな! 無事だそうよ!」
厨房から雫が駆け出してきた。その声には、抑えきれない高揚感が混じっている。
「ほ、本当ですか?」
美琴が身を乗り出すと、雫は深く安堵の息を吐いた。
「やっと、やっと、社長に電話が繋がったよ。今、避難所にいるって……。志織ちゃんも無事らしい!」
「良かったね~え、店長……」
祈里が胸をなでおろすと、雫の表情がわずかに陰った。
「まあ、会・社・は・壊・滅・状・態・らしいけど……で、でも、誰も大きな怪我もないらしいわ」
「じゃあ、あとコーチは?」
神那の問いに、雫は頷く。
「理名ちゃんも、雨の時は福岡の友達のところにいたみたいで、特に問題はなかったそうよ。佐賀市にある志織ちゃんと理名ちゃんの実家も何も被害はなかったって……」
「よ、良かったです……」
沙希がようやく微笑みを見せたが、雫は外の雨脚を見て、まだ慎重な声を出す。
「ただ、この雨脚だから……。まだ、どうなるかは分からないけど、天気予報を信じたいわね」
その時、入り口にいた稲穂が驚きに声を上げた。
「ほ、本当に止まった……」
「シュカちゃんの言う通りになった……」
亜都も目を丸くしている。シュカは静かに「晴れた……良かった……」と呟いた。
「店長、雨が止んだよ!」
稲穂の叫びに、雫が「本当か!」と駆け寄る。
「シュカちゃんが突然、雨・が・止・む・っ・て・……晴・れ・て・い・く・っ・て・言ったんです」
雫と「おとぎ前線」の四人も入り口に集まった。
「店長、本当に長く感じた一日でしたね……」
美琴の言葉に、雫はしみじみと頷く。
「ああ……私はこんなに一・日・を・長・く・感・じ・た・事・は・今・ま・で・な・か・っ・た・よ!」
ガラス戸を開け、一同が外を仰ぎ見る。
「ほ、本当に雨が止んでる。あんなに降っていたのに……」
祈里が呆然とする中、神那も「そうね……ビックリするくらい、急に止んだわ」と空を見つめる。
「あれだけ空全体を覆っていた黒い雲も、嘘みたいに消えていっていますよ……」
沙希が指差す先、雲の切れ間から光が差し込み始めていた。
「このお店をオープンしてから、本当におかしな事ばかり続くよな……。もう、不思議な事はコリゴリなんだけど……」
雫がハハハと苦笑いすると、美琴が穏やかに、しかし芯のある声で言った。
「店長、『おとぎ前線』が、まだこ・じ・開・け・ら・れ・て・い・ま・す・から……。まだ、何かが続くのかもしれませんね。ただ、今は……」
美琴は一度言葉を切り、降り注ぐ光を全身に浴びた。
「今はただ、この輝・く・太・陽・の・光・に・感・謝・し・ま・せ・ん・か・」
「そうだな。今は、この輝く太陽の光に感謝しよう」
雫の言葉に呼応するように、シュカが元気よく声を上げた。
「晴れた!」
「本当だ~! 晴れたよ~!」
祈里の歓喜の声が、雨上がりの鹿島の空へと溶けていった。
[前線カフェ エピローグ:雨のち晴れ(完)]
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




