夏祭りの鯉つかみ
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
八月一日、午後四時。
佐賀県鹿島市、「前線カフェ」の扉が開き、バタリという乾いた音と共に碧海雫、稲穂、亜都の三人が戻ってきた。
雫は店内を見渡し、少し大きめの声で呼びかける。
「ただいま。みんな、十分に休めた?」
奥の座敷からは、夕刻のステージに向けて英気を養っていた「おとぎ前線」の四人と理名が顔を覗かせた。
「はい。みんな十分に休めました。『祐徳おどり大会』もバッチリですよ!」
理名は力強く答えたが、直後に稲穂たちが抱えているものを見て、驚きに目を見開いた。
「稲穂ちゃん、亜都ちゃん……これは……」
「鯉のあらいと鯉こくを持ってきたよー。大・漁・大・漁・!」
稲穂が自慢げに掲げると、亜都も自信満々に胸を張る。
「狸神族と狐神族の力を見誤った亀さんが悪いです」
その量の多さに、祈里が素っ頓狂な声を上げた。
「凄~い、こんなにいっぱい……」
「この二人が、こんなに凄いとは思わなかったよ」
雫は呆れたように肩をすくめた。
「大人でも一匹取るのに必死なのに、平然とポ・ン・ポ・ン・捕まえるから……。これ以上取ると他のみんなの分がなくなると、亀さんが困ってたんだ」
すると、稲穂が少しむくれたように口を尖らせる。
「ふん。だから、ほ・と・ん・ど・返・し・て・あ・げ・た・んだよ。これは亜都ちゃんと捕まえた鯉、全部じゃないもん」
「ちょっと、や・り・過・ぎ・ち・ゃ・い・ま・し・た・」
亜都がハハハと苦笑いしながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
「稲穂ちゃん、亜都ちゃん、座敷まで持って行こうか」
雫は重そうな荷物を支えながら説明を続けた。「鯉こくの方は『無料振る舞い分』を多く作りすぎたらしくて、余ってるからって鍋ごと持って行ってって、商店街のおば様方から受け取ったんだよ。鍋は後から返せばいいってさ」
「そ、そうなんですね」
美琴が驚きつつも感心していると、雫が明るい調子で切り出した。
「まだちょっと早いけど、『腹が減っては戦は出来ぬ』って言うからね。早速、みんなで鯉料理を食べようか!」
「店長、そう言うかと思いまして、ちゃんとご・飯・も・私・が・炊・い・て・お・き・ま・し・た・よ・!」
理名が自慢げに胸を叩くと、雫は目を細めて喜んだ。
「流石、理名ちゃん。気が利くね!」
「その辺は、お・姉・ち・ゃ・ん・とは違いますからね!」
「わ、分かる……確かに良く分かる。真・面・目・で・不・器・用・なんだよね……」
雫はハハハと苦笑いを漏らしながら、座敷のテーブルに「鯉のあらい」が山盛りになった大皿を並べた。
「みんな、理名ちゃんが今、鯉こくを温め直してるから、座って食べる準備でもしてて」
雫の言葉に、神那が真っ先に動く。
「わ、私が小皿を並べるわ」
「わ、私も何かお手伝いを……」
沙希が恐る恐る立ち上がると、亜都が優しく制した。
「沙希様は大丈夫ですよ。神那さんも。皆さんはゆっくりしていてください。……それと、ねえ、稲穂ちゃん?」
「何、亜都ちゃん?」
「この『鯉のあらい』は、そ・の・ま・ま・で・は・な・く・て・、こ・の・酢・味・噌・で・食・べ・る・んだよね?」
「店長もだけど、商店街のおばちゃんたちがそう話してたね」
稲穂の確認を受け、亜都はメンバーに笑顔を向けた。
「という事ですので皆さん、鯉のあらいはここにある酢味噌をつけて食べてください」
やがてテーブルの上には、炊きたての白飯と、湯気を立てる鯉こく、そして鮮やかな鯉のあらいが人数分並んだ。
「さあ、みんな、腹・ご・し・ら・え・だよ」
雫が箸を配りながら説明する。
「この鯉は、ちゃんとした清流で育てられた養殖の鯉だから、泥臭くもなくて美味しいらしい。食べてみて」
「「「「いただきま~す!」」」」
四人の声が揃い、一斉に箸が動く。
「ど、どう……? 美味しいですか?」
稲穂が興味津々で覗き込むと、美琴が驚いたように声を弾ませた。
「た、確かに全・く・臭・み・も・泥・臭・さ・も・あ・り・ま・せ・ん・ね」
「意・外・といけるじゃない」
神那も満足げに頷き、祈里は鯉こくを一口啜って納得の声を上げる。
「この鯉こくも、商店街のおばちゃんたち特製だけのことはあるよ!」
「さ、沙希様はいかがでしょうか……?」
亜都が恐る恐る尋ねると、沙希は嬉しそうに頬を緩めた。
「鯉のあらい、美味しいです」
「……沙希様に喜んでいただけて、嬉しいです」
亜都が安堵の吐息を漏らすと、稲穂が彼女の袖を引いた。
「亜都ちゃん、私・た・ち・も・食・べ・よ・う・。理名お姉ちゃんも早く!」
「分かってる、分かってるから……。じゃあ、稲穂ちゃんと亜都ちゃんが掴まえた鯉料理を、この不肖、天乃理名、いただきます!」
理名の気取った挨拶に、二人が「いただきまーす♪」と元気よく続いた。
団欒の様子を見つめながら、雫も自分の席につく。
「今日は本当に思い出深い一日になりそうだね…。じゃあ、私も鯉料理をいただくことにしますか」
一呼吸おいて、雫は静かに手を合わせた。
「それでは、いただきます」
外はまだ夏の日の光が残っていたが、店内には決戦を前にした家族のような温かな時間が流れていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




