デビュー日
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
八月一日、午前十時。佐賀県鹿島市は「祐徳夏祭り」の熱気に包まれようとしていた。
前線カフェの奥座敷には敷居が立てられ、即席の楽屋となっていた。そこでは「おとぎ前線」の四名――美琴、祈里、沙希、神那――が、初お披露目という晴れ舞台を前に、最終確認に余念がない。傍らにはマネージャー役の天乃理名、そして眷属の稲穂と亜都が付き添っていた。
「みんな、準備はできた!」
理名が活気ある声で呼びかけると、メンバーから威勢のいい返歌が戻ってきた。
「出来ました~あ!」
祈里が拳を突き出し、神那も「出来てるわよ!」と不敵に微笑む。美琴は落ち着いた様子で「はい。いつでも大丈夫です!」と頷いたが、沙希だけは衣装の裾を握りしめ、「お、お願いします……」と、今にも消え入りそうな声で言葉を絞り出した。
「今日は十一時の祭典が終わってから、十二時十五分の幾つかの演奏会お披露目があるけど……」
理名は手元のスケジュールを確認しながら言葉を継いだ。
「葵さんのお陰で、祭典が終わる十二時くらいから十二時十五分までの大・体・十・分・く・ら・い・の・時・間・は取ってもらってるから。まずはそこが一・回・目・の・お・披・露・目・。とにかく失敗してもいいから、まずは肩慣らしでいこう」
「そして、二・回・目・は・夜・七・時・に・あ・る・『祐・徳・お・ど・り・大・会・』の・前・ですね」
美琴が表情を引き締めて補足した。
「そう。こちらが本・当・の・本・番・」
理名は力を込めて頷く。「店長と『亀さん』が頑張って商店街の会長さんに頼んで時間を取ってくれたから、二・人・の・苦・労・を・無・駄・に・し・な・い・よ・う・に・ね。こちらも歌を入れて、お披露目の時間は十五分くらい。失敗を恐れずに、ちゃんと『アイドル宣言』と『デビュー曲の披露』だけは、来ている人たちに知らせないと!」
「頑張ります! みんな、今日は練習してきたことを頑張って形にしようね!」
祈里が明るく皆を鼓舞すると、神那がクスリと笑った。
「たまにはまともなことを言うじゃない、祈里」
「おっ、早速の塩・対・応・だね! 神那ちゃん」
嬉しそうに返す祈里に、神那は少々呆れ顔で「もう、御託はいいから……」と視線を逸らした。
その時、座敷の入り口に店長の碧海雫と亀さん、そして葵が姿を見せた。
「おーい! みんな、亀さんと葵さんが迎えに来たぞー」
碧海が少し大きめの声で中へ声をかけると、亀さんも続いた。
「みなさーん、式典が始まる前に、先に会場にある関・係・者・テ・ン・ト・に行きましょう」
敷居の隙間からひょいと顔を出した祈里が、「みんな準備OKなので、今から行きまーす!」と元気よく応じた。
移動の準備を始めるメンバーを横目に、稲穂が小声で亜都に耳打ちする。
「亜都ちゃん、自・分・た・ち・の・こ・と・じ・ゃ・な・い・の・に・緊・張・するね」
「はい……」
亜都は、隅でガタガタと震えている沙希を見つめ、心配そうに目を伏せた。
「沙希様も、頑張ってほしいです……」
「そうだねー。沙希さんが一・番・、緊・張・し・て・る・もんねー。ま、それとは対照的に、緊・張・感・ゼ・ロ・の自称グループリーダーもいるけど……」
稲穂の視線の先には、鼻歌まじりに鏡を見ている祈里がいた。
「では、式・典・会・場・の・関・係・者・テ・ン・ト・に行きましょう」
美琴が凛とした声で全員をまとめ上げる。
「本当のリーダーは美琴さんみたいじゃないといけないけど……自称だけどリーダー名乗ってるからね、祈里さんは。ププッ」
「い、稲穂ちゃんも言い過ぎだよ。祈里さんが一番頑張ってたから……」
亜都が慌ててフォローを入れると、稲穂も少し反省したように肩をすくめた。
「確かにそうね。理名お姉ちゃんも『アイドルは成長』って言ってたし、祈里さんもいつかは凄・い・リ・ー・ダ・ー・になるかもしれないしね!」
一同は奥座敷から出て、座敷の入り口へと向かった。
出迎えた葵が、申し訳なさそうに微笑む。
「みなさん、今日は少ししか時間を取ることができずに、本当にごめんなさい」
「いえ、葵さんこそ、私たちの無理なお願いを聞いてくださりありがとうございました」
美琴が丁寧に礼を述べると、祈里も「葵さん、ありがと~♪」と続いた。
葵はフフフと上品に笑った。
「宮司の父も実は、『も・う・少・し・早・く・言・っ・て・く・れ・て・た・ら・……』と残念がっていましたの。父は宮司という立場ですが、新・し・い・も・の・や楽・し・い・こ・と・が・大・好・き・な・ものですから。もちろん、宮司として皆様のことは承知だからこその言葉だとは思いますが……」
「葵さん、そしておとぎ前線の皆さん、出発しますよ!」
亀さんの合図に、場が引き締まる。
「みんな、頑張るんだぞ! 私は店があるから行けないけど、理名ちゃんに全部頼んでいるから」
碧海の言葉に、理名が胸を叩いた。
「了解です、店長! この天乃理名、今日は無事に成功させます!」
「ああ、頼む。それと……稲穂ちゃんと亜都ちゃんも、一緒に付いて行ってあげて」
碧海の意外な言葉に、二人は目を丸くした。
「て、店長……」
「お、お店は大丈夫なんですか?」
碧海は少し困ったように笑い、首を振った。
「ま、夏祭りだろうが何だろうが、このお店は暇だと思うから一人で大丈夫だよ。あと、午後の二時から『鯉掴み』もあるんだ! しかも、自分で取った鯉は無料で持って帰れるよ。二人とも、今日は子供らしくお祭りを楽しんでおいで」
その言葉に、稲穂の顔がパッと明るくなった。
「店長、サンキュー!」
「店長、今日はご厚意に甘えます。鯉もたくさん取ってきますね! これでも狸神一族ですから、魚採りは任せてください!」
賑やかな声と共に、少女たちは真夏の日差しが降り注ぐ祐徳の街へと駆け出していった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




