⑤異世界初めまして
幸江は土色の石畳で中世のどこか西洋を思わせる城の地下のような建造物の中にうつ向けにしゃがんでいた。天界に転送された時のような船酔いにも似た感覚がまだ残っていたのでしばらくそのままでじっとしていた。その部屋には大きな石像がおかれており、それは幸江が先ほど直接会ってお話してきた異世界の神を形どった物だった。石像の前には聖職者と思われるような清楚な衣装を着た男女5名が祈りを捧げていた様だった。お互いに喜び合っている様子で、部屋の中央には前にも見たことがある転移魔方陣が描かれており、幸江はやはり異世界への転移に成功したようであった。
また入口付近には冒険者パーティと思われる一団が儀式の様子を見守っているようだった。
「まだ起きないのか、待ってる方は退屈だってのによ」その男は胴着に身を包んでおり、格闘家のよう
であったが、少し粗野で遠慮がないタイプのようだった。
「あなたも魔法転移陣の気持ち悪さ知ってるでしょ、少し待つくらいは我慢してよね、おこちゃまなの
かな。」その女はモデルのような綺麗な顔立ちで高身長、魔法使いのような出で立ちをしており、どこか男を掌で転がすタイプの女性の様であった。
「分かってるよ、ほんの冗談だから、待ってりゃ良いんだろ。」粗野に見えたが魔法女の言うことは素
直に聞くようだった。
「ほんと男は子供と同じなんだから。」あきれた表情で格闘家を明らかに見下しているようでもあったが
、冒険者パーティの他のメンツも慣れっこの様で、またか、という態度であった。
時間の経過と共に血の気が戻ったように幸江はゆっくりと立ち上がることができた。
「おー、お待ちしておりました。祈りが通じたようで本当に良かった。」聖職者の代表者のような女性
が幸江を見て全身で喜びを表現していた。
「幸江様本当に本当にお待ちしておりました。お体はもう大丈夫ですか。」別の男性聖職者が幸江に声をかけてきた。幸江は男性に対して極度の恐怖感を持つ筈だったが、今は何故か少し大丈夫だった。これも補正の成果なのであろう。「はい、少し落ち着きました。」なぜ私の名前を知っているのかと不思議に思ったりしたが、視線の先、人々のおでこの上あたりにステータス画面が見えていたのですぐに理解できた。ここは間違いなく異世界なのだと。
その後、幸江は世話係と思しき女性二名に連れられて、控室のようなところで身支度を整えてもらった。鏡に映った自分を見たところ、地球にいた時に比べて女性っぽさがかなり強調されてそばかすのような物が見られず、美系寄りの顔立ちに変わっていた様だった。ここでも転移の補正がかかったのだろう。
その場にいた全員は、丸いテーブルがたくさん置かれた結婚式の披露宴でも催すかのような応接室へと移動し、食事をとりながらの歓迎会を幸江のためにもてなしてくれた。そこには様々な人種が居るようで、まだあまり知識がなかった幸江にも、エルフっぽい人、ドワーフっぽい人、天狗っぽい人、ホビットっぽい人などが見えた。また宴席には子供の同伴が許されているらしく、猫耳や犬耳など獣耳の子供たちが会場を走り回っていたので、場の緊張感を少し和ませてくれた。
「それでは皆様たいへんお待たせいたしました。私はギルドマスターのマリーと申します。本日無事に
勇者の一員となるべく小川幸江様が召喚されましたことを祝って、勇者パーティの歓迎会を催します。
それでは各位、グラスの用意はよろしいですか、幸江さんの今後のご活躍を祈念いたしまして
カンパーイ。」
歓迎会の進行を務めているのは、先ほどの聖職者と思わる格好をしていた年配の女性で、ギルドマスターとのことであった。今は職員風のスーツに着替えてテーブルの場に臨んでいた。ギルドマスターが挨拶代わりにこれまでのあらましを幸江に分かるように説明してくれていた。幸江が今居るこの施設は、ギルドの本部とのこと。このギルドには冒険者の案内や登録所の他に、冒険者のための各種研修施設もあるようだった。その中には地球研修室の名前も上がっていたので、異世界の神様とのお話は夢では無かったようだった。またこの世界には魔王がいることやその討伐特殊部隊として選ばれた勇者パーティが同席していることも説明されていた。先ほど入口付近でじゃらついていた冒険者風の一団である。
幸江はもちろんギルドマスターの話を聞いてはいたが、それよりももっと興味をそそられたのは、獣人の子供たちで思わず口から言葉を漏らしていた。「何、何、あのクッソ可愛い生き物は、モフモフさせてー。」幸江は何年振りかの笑顔に満たされた。
「あっのーうっ、ではまずは幸江様から皆様へ簡単な自己紹介とご挨拶をお願いいたします」ギルドマ
ターは子供らを見てよだれを垂らしそうな幸江を見て少し戸惑ったが、行事を進行させるべく幸江を
指名した。幸江もそれに答えて挨拶のスピーチを始めた。
「皆様初めまして、小川幸江と申します。えっと大阪出身で、あっ地球から来ました。YUKIと呼んで
くれると嬉しいです。仕事はホームセンターで入口係を10年位やってまして、大学ではポリマー
ケミストリーを専攻してんですが、全く就職活動の役に立たなかったかもです。そんな感じなのです
が。。。何を話せばいいんだろ。
うーん、えっと、特技は銃を上手に扱えるみたいです。あと、趣味はいろんなジャンルの本を読んだ
り、アニメやゲームも好きでした。ってこっちの人に分かるのかな?って感じなのですが、勇者パー
ティの皆様にはご迷惑をお掛けするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
幸江はこのような場所で話した経験もあまりなく、緊張でたどたどしい挨拶を終えた。当然と言えば当然であるが、YUKIの話している内容は勇者パーティには理解できたが、現地の住人には馴染みの無いことばかりで、何かすごく難しいことを地球でやってきたのだなと勘違いして会場からは大きな拍手が沸き上がり、とにかく歓迎と優しさで幸江を迎えてくれていることがよく伝わってきた。
「それでは、次は勇者パーティの皆様から、それぞれ幸江様に簡単に自己紹介をお願いします。幸江様
の体調が戻り次第、出発前の訓練に合流して頂きますので、開示できる範囲で能力や特技をお話願い
ます」ギルドマスターはそのように話すと、視線を勇者と思われる男性へ送った。
「俺は持田誠一郎。SEIって呼ばれてる。一応ここでは勇者ということになっているらしい。元は地球
で塾の講師をやってたけど、ここでは特技の空手が役に立っているみたいだ。特技は魔法拳が使える
格闘家だ、こちらに来てからは一年くらいだ、よろしく!」粗野に振舞っていたようだが、幸江とは真逆で人前で話すのも堂々としていて、さすが元塾講師らしく慣れている様子だった。
「私は相崎知美。TOMOって呼んで良いわよ。魔法使いのお姉さまを担当してる。勇者パーティには
SEIと同じく去年から参加しているわ。同じく地球でゲームセンターで事務兼接客をやってた。
特技はゲームで得た魔法知識がここでは役に立っているわよ。全ての属性の魔法はもう使いこなせる
わよ。YUKIさんよろしくね。」もし職業コスプレイヤーだったとしてもかなり人気を博しただろうと思わせるレベルの高い仕上がりでかつ知的な印象も併せ持つ、さらに隙が全く無さそうな女性の様だった。
「僕はウォルター・ウィリアムズ。WILLって呼んで下さいね。アメリカ生まれ日本育ちのハーフで
マムが日本人でダディはアメリカ人のハーフだけど、ここでは地球人と異世界人のハーフって人が居
るって聞いたことがあるので、区別のために伝えておきますね。勇者パーティに来たのはまだ最近
だよ。地球では訪問販売員やってました。学習用テキストの販売でしたが、親がある宗教の教会長で
僕は宗教二世って言われてた。訪問中にも伝道活動をしなくてはいけないと言われて、やってまし
たが、無宗教の人が多くて話を聞いてもらえないのがほとんどでした。宗教をやっている人たちか
らは、異端宗教って言われて、せっかく契約したテキストもすぐ解約されたり、今すぐ出てけって
追い出されたりして大変でした。今はパラディンってことで、光魔法と神聖魔法剣を特訓中です。
そんな生い立ちから信仰心が厚くてパラディンに成れたようで良かったです。装備は剣が使えます。
YUKIさんよろしくです。」どこか見た目とは真逆で子供っぽい話し方のスピーチだったので、世間
知らずのイケメンハーフ男性なのかと思わせた。
「わたしはIGLEE。見た通り、ここの出身のエルフよ。地球にはこのギルドで地球研修を受けて特殊部隊
の修行を3年間してから、向こうには10年位は行ってたから地球の皆様のお手伝いができるわ。ま
あエルフにとってはたかが10年程度のことは昨日のようだけど。勇者パーティには前の勇者の時か
ら参加してるから一番の古株になるわね。特技は風魔法が全レベル使えることと、水魔法、光魔法も
ほぼマスターしてるわよ。YUKIさんよろしくね。あと年齢を聞くのは無しでお願いね。」地球人が良く知っている典型的なエルフの様で、美人、スレンダー、知的なイメージを併せ持ったそのままだった。
「最後になるが、ワシはドワーフ。力比べは誰にも負けんぞ。名前はGORRDON。斧を使って戦う戦士だ
から、魔法は土魔法が少し使える程度じゃよ。地形や地理には詳しいから勇者パーティの案内役を務
めておるぞい。ワシは地球には行ったことがないが、一応ギルドの地球研修コースは3年修了してお
るぞ。勇者パーティにはSEIから参加しておる。困ったことがあればワシに何でも相談してくれ。
YUKIさんよろしくなのだ。」こちらも地球人がよく知っているイメージの典型的なドワーフの戦士の様だった。
幸江は異世界に来て良かったと思えた。優しいおもてなしをして歓迎してくれる異世界の住人やモフモフ獣耳の子供たちに囲まれ、至福のひと時を過ごすことができた。これから待ち受ける困難のことは知る由も無かった。