③お一人様、どこへ向かうのか
時はさらにまた少しだけ遡って、
「いらっしゃいませー」「Good Goodyへようこそ」
私の名前は小川幸江。名札にはニックネームで「YUKI」と書かれている。会社が外資系の会員制ハイテクホームセンターだからである。店内は省人力化が加速しており、これまで人が行っていたであろうレジ係や案内係の姿は見られず、代わりに無数の店内カメラや人型アンドロイドロボットの姿が確認できる。幸江は入口でお客様をお出迎えするのだが、小型拳銃型スキャナーで会員証を読み取り、不正が無いかなどをチェックする係だ。会社からは笑顔でのお客様対応を要求されているが、実際はクレームなどなんでも言われるお客様の不満のはけ口、サンドバッグ係である。
「ハイテクホームセンターやのにいつまでこんなことやってるんねん」
「会社の上司を3人も連れてきたったのに、人数オーバーで入れへんってどういうことや」
「ちょっと忘れ物を取りに行きたいだけやのに入口からは出られへんってどういうこと、上司呼んだれや!」
「先日買った商品が粗悪で使えなかったんやけどどうしてくれんの?」などなどきりがない。
世の中にはお客様係という名の窓口やコールセンターに従事している人は大勢いるのだが、訳の分からないクレームで心を病んでいる人も大勢いるので、そのモンスター化したクレーマーが社会現象にもなっており、行政もいろいろと策を講じてはいるようだが、一向に心の病を患ってしまう人の数は減らず、幸江もその内の一人であった。
幸江は大学を卒業後、人並みに就職活動は行っていたのであるが、日本企業は全て不採用で、何とかこちらの会社に転がり込んだのだった。ハイテクが売りでその分、省人力化が極端に進んでいるため、店員の数が少ないので、お客様は人と見るなり普段から思っている不満をここぞとばかりに入口係にぶつけるため、スタッフの入れ替わりが激しくいつも求人募集を行っている不人気業務だった。幸江はお人好しで欲が無いタイプなので今の部署に配属された。もう10年間も同じ仕事を続けてこれたのだが、毎日の仕事に充実感は得られず、就業時間の終わり頃には、気力を全て削られているような日々だったが、お客様のクレームを聞いている振りをしながら、はぐらかす技術と小型拳銃型スキャナーで会員証を射抜くスピードだけは自然と身についた。「仕事行きたくないなー。でも転職もしんどいし。他社に引き抜かれるような技術も身についてないしなぁ。はあー」という毎日が続いていた。
「あーもう私の人生は何なの、もうどうすればいいの。。。」
幸江は、今電車に乗っている。仕事が休みの日は基本一日中家に引きこもって、本を読んだり、ゲームをしたり、パソコンでSNSをしたりが当たり前だったが、母親とささいな喧嘩をして外に出ることにしたのだった。途中何度も「この電車に吸い込まれてしまったら楽になれるのか」とか考えたりもした。彼氏居ない歴30数年というには理由があって、見た目は少しぽっちゃりで夢見がちな可愛い感じで実年齢よりも幼く見える女の子として普通に生きてきたし、並の並という自覚で生きてきたが、生来のお人好しが原因で押しも弱く、そこに付け込まれ、たちの悪い男にDVまがいの扱いをされたり、小遣いをせびられたりで、金欠を告げると捨てられるなどの経験は何度か経験したのだが、こんどこそと思われた男性にも先日振られたばかりだった。周囲からはかわいそうな程、本当に男運がない、悪い男に目を付けられやすい体質と昔から陰口を叩かれていた。本人は心をすり減らされ、男性不信というよりもさらに人間不信なのであり、もはや最近では人とのコミュニケーションに恐怖心を覚えるのだった。
仕事でもプライベートでも嫌な事ばかりで自分が嫌になると、人は「もう生きてる意味など無いのでは?」と人生を放り投げたくなるものである。そうこう考えているうちに幸江が電車に吸い込まれることはなく無事に終点につくことができたようだ。傍目から見れば、そんな些細なことは誰にでもあることだと一蹴してしまうことかも知れなかったが、当の本人にしてみれば自分だけが悲惨を極めているようにしか思えないでいたのだった。
「こんにちは、お姉さん、メイドカフェいかがですか?」
ここは大阪日本橋、夜となれば電気街からコスプレ天国に総入れ替えするのだが、お昼でも美少女の呼び込みさんたちの姿が増えており、もう午前中でもそのような光景が珍しくは無かった。それは通りを歩いている人の男女問わず声をかけていた。
清廉潔白そうなメイド姿の呼び込みスタッフさんたちが幸江に寄ってきて声をかけるが、幸江は少し顔を上げたが、ゆっくりと首を横に振った。
「チャオー、お姉さんゲンキー、異世界カフェどぉーすか?」こちらは猫耳の獣人族をモチーフにした完璧なコスプレのお姉さんというか妹さんのようなキャラで声をかけてきた。
幸江は〈異世界〉という言葉に少し惹かれたためか今度は首をゆっくりと縦に振った。猫耳さんはここぞとばかりに幸江の手を取って、ビル街にお店を構えたスライムや魔族、龍たちが大きく描かれた異世界をイメージした大きな看板の下にある店舗に案内した。
<②異世界との出会い>へ~
<②異世界との出会い>から~
幸江は裏メニューに書かれていた文字にどんどんと吸い込まれた。自分の頭の中でとにかく現状から逃げ出したい気持ちが膨れ上がっていくのが分かった。
※異世界ツアー※ ・・・・・ 費用 ※全財産※
お申し込みはこちらの「ボタン」をクリックして下さい。
幸江は正直なところ、何かお店が趣向を凝らした誕生日パーティドッキリみたいなものかもしれないとも思ったのだったが、もし本当に異世界に行けるのなら全財産など惜しくはないと思ったし、大学卒業後に10年間で働いたとはいえ、悪男たちにひどい目に合わされた悲しい過去もあって財産と呼べるものは普通預金口座の数万円と自宅のPC位しか思い浮かばなかった。そんなことも手伝ってか、その
「ボタン」をクリックするのに数分もかからなかった。
「よーし、キター」「さあ皆さんお仕事ですよ」「久しぶりにいきますか!」
バックヤードで待機していた三人の生命体は背中に隠していた羽をどさっと広げて、転移魔方陣を一瞬で構築し、天界へと幸江を送り届けることに成功した。