②異世界との出会い
時は約10年前に遡って、同じくここは大阪日本橋。でんでんタウンと言われる電気街だが、夜の街にはメイド服などのコスプレの蝶たちが飛び交う通称オタロードである。
「いらっしゃいませ」「毎度ご来店ありがとうございます、本日も三名様でよろしいでしょうかー」
「ララララー、ララララー♪」フルートの音色のようなソプラノよりもっと高温の音色の心に響く心地よい音楽のように綺麗な歌声が聞こえてきた。長身で美形、背中には無色透明な羽が今にも羽ばたきそうな、お伽の国から抜け出てきたようなエルフの格好が似あう女の子たちが入口でお客様のお出迎えをしている。それぞれかわいいハート形の名札には「ERI」「MIYUU」「KONOHA」「AGEHA」「KANNA」といかにもアイドルのような源氏名が思わる名前が書かれていた。こちらのお店は特にコスプレのリアルさが売りの繁盛店である。
店内には、エルフたちのほかにも、魔女の格好をした今にも魔法を唱えそうな女の子、耳がピンと立って元気いっぱい獣人族の女の子たちが店内を明るく盛り上げている。いわゆるコンセプト喫茶のようであるが、店内装飾、スタッフなどが半端なくリアル感に満ちており本当の異世界に迷い混んだ錯覚に陥る。
大型モニターにはスライムたちが可愛いく跳ねまわったり、魔族や竜族が大きな炎を操った迫力のある戦いが写し出されている。これらの多くは映像製作者に使用料が支払われて流されているアニメ的な物だったが、イベント的に決まった時間に映像イベントとして流される実写版の異世界映像があり、こちらはどこの映画会社が作ったものなのかは分からなかったが、この世の物とはとても思えない臨場感とリアル感に満ち溢れていたので、この異世界の映像を楽しみながらお酒を飲んだり、食事をしたり、お茶をしながら、現実逃避の時間を楽しむお客様たちでかなり繁盛している様だった。
もちろん、先述のコスプレスタッフたちの給仕サービスが一番のうりとなっていることは言うまでもないことだった。
先程の三名の男性客たちは、奥のテーブル席に、とびきり美人のエルフに案内されて、満足そうにいつものソファー席にどっしりと吸い込まれた。
「毎度おおきにーですわ。常連の皆様には当店の説明は不要ですわねーですわ。皆様ご注文はいつも通りこちらのタブレットからお願いいたしますーですわ。」エルフは来店した3名様のことをよく知っているようで、こなれた様子でいつもどおりの接客を行っていた。
全ての注文はタブレットから行う、今では常識となっている、セルフ方式なので、美人エルフは三人に三台のタブレットを手渡した。
すると男性客の一人が、「あー、もうこれ面倒くさいんだわ、どーせ裏メニューはまだ教えてもらえ無いんでしょ。もうそろそろ常連と認めてくれてもいいと思うけどなぁ、まあいいや、いつもの《元気が出る幸せオムライス(ご指名のエルフの呪文付き)》しか頼まないんだから、ERIちゃん代わりにタブレットやっといてよ」「分かりました、横山さん。いつものですわ。ご指名ありがとうございますですわ。」とERIと呼ばれた美人エルフは愛想良く接客している。
その頃、スタッフOnly と書かれたバックヤードでは、店内の様子とは対照的なきちんとした身なりでお店の経営陣と推測される生出たちで人間の形をした生命体が三人、楽しくお酒を飲みながら、数えきれないほどの小型モニターに写し出されている来店客のデータを見ながら、侃々諤々と何やら話こんでいた。そのデータには、来店客の年齢、性別、名前から年収、略歴から、性癖、何やら謎の多くのステータスまで、背中のほくろの位置まで隠せないと思われる程細かな個人情報が盛り込まれていた。
そうなのだ、その三人は先ほどのタブレットを触った来店客のありとあらゆる情報と細かく分析されたステータスを時にはじっくりと時には流し見をしながら観察していたのだ。だが、こちらの三名様にはあまり興味がないらしく「ふーん。。。」「元気そうでなにより。。。」という無関心な様子だった。
「いらっしゃいませー」「今日はおひとり様でよろしいでしょうか?」
今入って来たお客様はというと、元気いっぱいの猫耳獣人スタッフが連れてきたお客様のようで、直前に来店した三名様とは真逆という言葉がぴったりで、表情はどす暗く疲労感で覆いつくされた冴えない30歳位の女性で、まさに人生詰んでる感が溢れており、悲壮感が漂っている。こちらのお一人様は、「AZU」という名札を付けた元気いっぱいの猫耳獣人スタッフが、鼻歌を口ずさみながら、先程の三名の隣のソファー席に案内した。「オカン、オトン、オカン、オトン♪」楽しげなリズムで何かのCM放送の効果音を真似ているようだったがとてもウキウキ気分にさせる響きだった。
お一人様は終始笑顔が無いままでフカフカのソファにちょこんと遠慮がちに腰掛けた。
「お客様、こちらのお店は初めてですか?」お一人様はコクりと頷いた。
「では当店のサービスを簡単にご説明いたしまーすです。」「はい、僕はAZUと申しますです。今日はお客様のテーブルを担当させていただきますです。当店異世界をテーマにしたテーマパークとなってありますです。あっまあ一般的に言うと異世界コンセプト喫茶と言った方が分かりやすかもですです。まあ上からテーマパークって言えって言われているので言ってるだけですです。あちらの大型モニターでは常時異世界物のアニメが上映されていて、イベントの時間になると、リアル映像に切り替わりますです。あっ上からはリアルっぽい映画って言えと言われているですです。食べ物飲み物アルコール類など一通りは用意しておりますですし、お客様に大大大人気の「呪文を唱えて元気になるオムライスとかの魔法食もございますです。あっ魔法が本当にかかることは言うなって上から言われてますです。」何か言ってはいけないこともいろいろ混じっていた説明のようだったが、お一人様はそもそもちゃんと聞く気力もなく、一通りのマニュアルトークを済ませた後、例のタブレットを手渡した。
「ご注文はこちらのタブレットからお願いいたしますです。」お一人様はまたコクりと頷いた。獣人スタッフ「AZU」ちゃんは元気いっぱいに笑顔で手を振って「オカン、オトン、オカン、オトン♪」楽しげなリズムで去っていった。
しばらく獣人の女の子を見送っていたお一人様は少し元気をもらえたようで、もらったタブレットを手に取り眺めていた。「そーやな、お店に来たんやから何か注文くらいはしないとね」
メニューの絵がホログラムになってるから、それぞれの食べ物や飲み物など飛び出す絵本のようで、美味しそうに見えたことも手伝って少しは食べる元気が沸いてきたようだ。
「クリームソーダに、オムライスとカツカレーかぁ、定番ぽいのがハズレないかなぁ。〈元気の出る魔法食シリーズ〉ってのもあるみたいだし。お隣の席の男性オタクさんたちが騒いでいた裏メニューてもの気になるけど、まあ私は来て初日やしそれはないない。」
その時、バックヤードの三人が、ざわざわし出した。
「この者なら適合する!」「待ってました!」「久しぶりにワクワクしてきた!」
背中に隠していた天使の羽のような物が飛び出しそうになっていた。
三人が見つめるデータには、彼らが求めていた何かが写し出されているようだ。
「えっ、何だろう、この『裏メニュー』ってのは?」そのタブレットを一通り最後まで眺めていたお一人様は、メニューの下の方に反転文字でピコンピコンとブリンクしていた、それに目を惹かれた。
「誰かのメニューと渡し間違えたのかな?普通にメニュー表に『裏メニュー』って書かれているやんか??
※異世界ツアー※ って、しかも何やこの金額は、※全財産※ って??ふざけてるんかもな。まあ、悪い宗教の《全財産を我等の神にお布施しなさーい》的なパロディ的なやつなんか?」お一人様は裏メニューが見えることととその書かれていた内容に驚きを隠せず、目をシパシパさせながら、戸惑っていた。
お一人様は知らなかった、裏メニューが見えるのは、常連になることが必要なのではなく、
一定の条件を満たした特別な人だけだということを。