⑰人生選択の自由
魔王との戦いに敗れた、勇者以外の全員はしばらくは生きる屍のようにふさぎこんでいた。
勇者SEIの本当の死を受け入れるまで時間がかかった。この世界ではチートがひど過ぎることもあって、
<死>という概念からは全くほど遠い世界で生きていると思っていたからだ。
魔王討伐という知らせが国王にも報告されたが、同時に魔女王の突然の出現という事実の方が大きかったため、国王とその周辺幹部たちも混乱しており、勇者パーティの祝賀会も開催の見込みは立たなかった。増してや勇者パーティのメンバーがこういう状態では祝賀会など不可能であった。
それから数週間が経ち、徐々にではあるが勇者パーティもステータス上の気力だけでなく、勇者SEIの死という重い重い感情の蓋が開き、時薬という特効薬によって回復していくのが分かった。それぞれがそれぞれの思いを抱いて悩み、その暗闇を抜け出せた者も出始めた。
最初に決断をしたのは、意外にもWILLだった。SEIの死を目の当たりにし、救えなかった自分を責めたが、その出した答えは、自分がSEIの跡を継いで勇者になるということだった。今はどうやって勇者に成れるのかを探すことから始める必要があった。まずは、先輩のSEIが辿った軌跡を追いかけることにした。
「みなさん、私の優柔不断さや自信の無さなどで、これまでも大変ご迷惑をお掛けしましたが、私はSEIさ
んの跡を継いで勇者になる道を選びたいと思います。実際成れるかは分かりませんが、魔王や魔女王と
実際に対峙した者の一人としてその経験を活かしたいと考えます。どうぞ皆様もお幸せに。」とWILLは宗教者らしくみんなの幸福を祈る挨拶を残して旅立った。
「きっと成れるわよ。がんばって。いつでもまた戻って来なさい。」とTOMOも今回は優しい言葉をかけた。
「そう、みんな応援してるから。頑張ってね。」とYUKIも共に旅をした年下の男子に弟のように声をかけた。
「わしも、一緒に行ければいいんじゃが、一旦里へ戻って、親父に報告せんとうるさいからの、また何か
あれば呼んでくれ。」とGORRDONがWILLとは一緒に行けない理由を付して挨拶をした。
「わたしは、YUKIと一緒に地球に行くことにしたから、また会えると良いわね。」とIGLEEはWILLを優しく見送った。
WILLが旅立ってから数週間の時間を使って、YUKIが新しいプロジェクトを立ち上げて地球に戻るための
準備をしていた。それは、地球に戻って医者になって、この世から自分たちのような生きる力を失った人達を救うというプロジェクトで、メンバーは医者のYUKI、看護助手としてIGLEEを、医療事務員としてMIRAGEの合計3人による企画であった。もちろん医者になるには医学部学士編入の制度を利用しても4年は必要だったし、看護助手になるIGLEEも看護学校を卒業する必要があったし、もちろんMIRAGEも医療事務の資格取得や実務経験が求められた。しかし、異世界で得られたステータスはほぼ地球にも持ち込めたので、YUKIは断トツ一位での卒業は火を見るより明らかで、全員が最短ルートでクリアできる計画を立てることができたのだった。開業は心療内科で、場所は大阪日本橋の異世界カフェの上の階のフロアを使わせてもらうことにした。開業資金は、開業までの間に異世界カフェでバイトさせてもらったり、ギルド本部からの地球での依頼をこなすことで賄う目途が付いた。
それから5年後のある日、懐かしいメンバーが異世界カフェに集まっていた。YUKI、TOMO、IGLEE、MIRAGE、BRISEのまさに異世界での女子会メンバーだった。毎年この日はSEIの命日ということでこのメンバーが集まるのだった。異世界での時間経過は地球の時間経過の100倍のスピードであったため、厳密にはYUKIが地球から異世界へ転移した日の4日後のその日が命日ということになっていた。
「いらっしゃいませ」「毎度ご来店ありがとうございます、本日も三名様でよろしいでしょうかー」
「ララララー、ララララー♪」フルートの音色のようなソプラノよりもっと高温の音色の心に響く心地よい音楽のように綺麗な歌声が入口の方から聞こえてきた。また新しいお客様のご来店のようであった。長身で美形、背中には無色透明な羽が今にも羽ばたきそうな、お伽の国から抜け出てきたようなエルフの格好が似あう女の子たちが入口でお客様のお出迎えをしている。それぞれかわいいハート形の名札には「ERI」「MIYUU」「JEMINI」「AGEHA」「HIKAMI」といかにもアイドルのような源氏名が思わる名前が書かれていた。エルフは地球の時間軸では長命で年を取らないので、主力メンバーは同じでイベントなどで出張に出ている場合を除いて変わらないメンバーだった。
店内には、エルフたちのほかにも、魔女の格好をした今にも魔法を唱えそうな女の子、耳がピンと立って元気いっぱい獣人族の女の子たちが店内を明るく盛り上げている。「オトン、オカン♪、オトン、オカン、オトン♪」とコマーシャルソングのようなリズムを口ずさむ陽気なAZUちゃんもいる。いわゆるコンセプト喫茶のようであるが、店内装飾、スタッフなどが半端なくリアル感に満ちており本当の異世界に迷い混んだ錯覚に陥る。
大型モニターにはスライムたちが可愛いく跳ねまわったり、魔族や竜族が大きな炎を操った迫力のある戦いが写し出されている。これらの多くは実際に魔道具を使用して異世界で撮影してきた物だったので、この世の物とはとても思えない臨場感とリアル感に満ち溢れていたので、この異世界の映像を楽しみながらお酒を飲んだり、食事をしたり、お茶をしながら、現実逃避の時間を楽しむお客様たちで今もかなり繁盛している様だった。
「賢者さまー。今日は何にしますかー。」とAZUという名札をつけた元気いっぱいの猫耳の女の子がテーブルサービスにYUKIたちのテーブルに来た。
「AZUちゃん、賢者はやめなさいって、いつも言ってるでしょう。」と半分笑顔でYUKIは叱った。
「じゃー、先生ならいいですかー。」といつもおふざけの猫耳獣人のAZUちゃんが返した。
「それなら、いいわ、ふー。」とおそらくこのやり取りは、ダチョウ倶楽部のお湯に入る時位の定番のやり取りのようであった。
「YUKIはすごいわよねー、向こうでも賢者様って伝説がいっぱいあるみたいだし。」とTOMOは仲良しのYUKIを揶揄った。「しかも今は、私たちのような本当ならもうこの世には居ない人たちを助ける仕事もしっかりとこなしてるし、もう何人も救って異世界に送ってあげたんでしょ。ほんと偉いわ。」と本心でもそう思っているようだった。YUKIは今では心療内科の開業医として、人を助ける仕事を異世界のメンバーの力を借りてそのプロジェクトを軌道に乗せていた。もちろん軽度の患者には西洋医学の処方を施し、また重症患者には、WILLたち次の勇者メンバー候補者たちの予備軍として異世界に送り出せており、患者と異世界の神とのWIN-WINな関係を構築できていたのだった。
TOMOは、YUKIたちより少し早くに地球に戻ってゲーム会社を立ち上げていた。秘書としてBRISEを連れて腹心として一緒に行動していた。自分が異世界で体験したことをそのままゲームにして販売し、オンラインゲーム「ドラゴン&エルフ」通称D&Eの上を行くゲームとして名実ともにゲーム業界を牽引する社長に数えられるようになっていた。そのゲームの名前は、「勇者SEIと賢者とその仲間たち」通称<SEI&>というものだったので、その登場人物はもちろん自分たちの勇者パーティがメインキャラクターだった。もちろんゲーム制作に当たって仲間たちの許可は取っていた、勇者以外は、ではあったが。。。
ゲーム制作過程では、YUKIやIGLEEからもBRISEがみっちりとヒアリングを行って、よりリアルな物に仕上げることができたので、ゲームのエンドロールには勇者パーティ全員の名前が書かれていた。もちろん、持田誠一郎の名前もこのように書かれていた。
「異世界を愛した勇者、世界と愛のために犠牲となる道を自ら選び、散る」勇者SEI
「わー、あの人たち本物っぽいコスプレ、イケメン、どこのモデルさんなんー。キャー。今日イベントとか聞いてないけどー。」などとYUKIたちのテーブルの周囲がいろんな声で騒がしくなった。その声はどんどんとYUKIたちのテーブルに近づいて来た。
「お久しぶりです。」とその自信に満ちたイケメンはYUKIたちのテーブルの横に立ち、西洋の僧侶のような真っ白な恰好で身を飾って光沢の鋭い剣を腰に差していた。
「みな、元気そうじゃのう。」とこちらは、髭面でゴリゴリのドワーフの格好に腰にミスリルの斧をぶら下げて皆の前に満面の笑顔で現れた。
そう、WILLとGORRDONが異世界カフェにやって来たのだった。
「二人とも、いい男になったじゃん。てかさ、SEIの5年命日ってことは、あなたたち500年も生きてるの」とTOMOが二人の出現とまだ生きていたことに驚いた。
「そうですじゃよ、勇者SEIの500年命日をやってたんですが、WILLがみんなに会いに行こうって。」と
GORRDONが平然と答えた。
「ドワーフは長命種で長生きするけど、どういうわけか、地球から行った人間も時間軸が地球に設定されているようでぜんぜん年を取らなかったんです。それで、5年後ならまだみんなに会えるかもって来てみたんですよ。」と500年の異世界での活動、こちらでは5年を経てすっかりいい男に仕上がったWILLが、自信満々に答えた。
「えー、それまじ新発見じゃん。これまで誰も知らなかったの。え、魔女王はもう倒したの。勇者SEIは500年も語り継がれてんの。すごいじゃん。」とTOMOはとても楽し気に質問を重ねた。
「まーまー、TOMOさん、それはこの後じっくりと。しかし皆さんも元気そうで何よりです。みなさんお若い。」とWILLはテーブルの残りのメンバーも懐かしそうに眺めた。「今日は勇者SEIの命日ですからね。みんなでお祝いしましょう。」とグラスを掲げた。
「じゃあ、乾杯の音頭は賢者さまに。」とTOMOはYUKIに主導権を渡した。
「分かりました。では、我々の命を繋いで下さった、異世界の神と自己犠牲で我々を救った勇者SEIにカンパーイ。」とYUKIはしっかりとその乾杯の務めを果たした。
皆は笑顔ではあったが、生きていた頃の勇者SEIとの各々が個人として対峙したその思い出を記憶の濃い順に思い出し、涙が溢れ出て止まらないのであった。
「勇者SEI、私たちの心の中で永遠に」と仲間たちの各々の心を御霊の光でいっぱいに満たし、口々に弔いと感謝の言葉でその空間がいっぱいになって、皆の心を美しく染めたのであった。
《勇者SEIよ、ありがとう。光と共に永遠に。》