⑭魔王討伐冒険譚 後編
魔属の領土を魔王城を目指して、勇者パーティは行軍を続けていた。と言っても6人のチームであったので軍隊とは呼べないかもしれないが、大勢の有象無象の歩兵を引き連れての進軍よりも精鋭による魔王討伐部隊を編成する方が成功率が上がるとの人間属のブレインたちが考えた結果のことであった。
一行はさらに山岳地帯を進軍していた。周囲の気温が高くなって来ていたことで、全員が多量に汗をかくようになったため、一旦休憩を取ることにした。周囲に小さな活火山が活動しているのが見えた。先日の戦いでハーピー部隊との空中戦を無事に制圧できたことで、勇者パーティは経験値を獲得しレベルが上がることで戦闘や魔法の能力が向上していたし、同時に戦闘に対して自信を持てるようになっていた。
YUKIも以前に比べれば血を見ることに慣れてきたのだろうか、無駄なケルヒャー作業も少なくなっていた。
SEI「暑いなー。ここらで一旦休憩にしようか。」と全員に手で合図を送りそれぞれ椅子の代わりになる石のようなものを見つけて楽な姿勢になった。
YUKI「じゃあ、水魔法で氷柱をだすよ。みんな涼んで下さいな。」と無詠唱でみんなの中心あたりに大きな氷柱を出現させた。みんなは涼を取ろうとより氷の近くに集まって来たので、キャンプファイアーのような形で氷を取り囲んだ。
GORRDON「こりゃ、ええわ。ついでに一杯ビールも出してくれんかのう。」と冗談交じりに言った。
IGLEE「まだ今日の仕事終わってませんよ。」とまるで年寄りをいなす様に呆れた様子で返した。
GORRDON「姉さん冗談ですじゃ。」とまだ酒も飲んでいないのに何故か酔っぱらったような赤みを帯びた顔で答えた。
YUKI「じゃー、これをどうぞ。」と異空間収納から炭酸水を出してGORRDONに渡した。
GORRDON「これはうまい。ビールを飲んでおるようじゃ。<賢者シュワー>はやっぱり暑いときには
ええのう。」とシュワシュワの炭酸水を出してあげた。
SEI「YUKIさん、おれもおれも。」と子供のように甘えてきた。
YUKI「はいはい、全員分出しますから。落ち着いて。」と全員に賢者シュワーを配ったので、みんなゆっくりと喉を潤して、休憩を取ることができた。
魔王城までの道のりはまだ遠かったので、休憩の後すぐに行軍を続けていた。すると、またもや遠くの空が赤黒く染まって何かが近づいてくるのが見えた。それは、魔属の軍隊ドラゴニュート属大隊であった。およそ100体以上は居たし、ハーピーよりも体が大きく尻尾も長かったので小さな恐竜のようにも見えた。ドラゴニュート属は火魔法が中心で空中戦を得意とし、ドラゴンの血を引いていることから頭脳戦にも大変長けている、との前情報も聞いていたので今までよりも苦戦しそうであった。
SEI「TOMOさん、一度重力魔法でどれくらい効果があるか試して下さい。」と指示を出した。
TOMO「おーけー、行くよ、広範囲グラビティー。」と近くに迫って来ていた数体のドラゴニュートを狙って効果を試した。「駄目だねー。ほとんど効いてないよ。馬力が強すぎる。」と魔法の効果を解説した。
ドラゴニュートたちは、空中で隊列を組んで、まるでどこかのカルト的指導者を頭目にした軍隊のように、規則正しい動きで攻撃してきた。火属性の魔法を無尽蔵に使用してくるようだったので、まるで重火器で全てを焼き尽くすかのごとくどんどんこちらに迫ってきた。一列が攻撃を終えると一旦最後尾にきれいに一列丸ごと後退し、次の一列が火魔法攻撃を仕掛けてきた。火の壁がどんどんと迫って来た。
GORRDON「あいつらは水に弱いんじゃ。水なら倒せるぞい。」と山の民であるドワーフ属の王子がSEIを急かすように大声で的確なアドバイスを提示した。
SEI「GORRDONさんナイスです。その作戦でいきましょう。YUKIさん、消防車みたいな水攻撃をお願いし
ます。TOMOさんとIGLEEさん、YUKIさんに強化の支援魔法かけて威力をアップさせて下さい。
GORRDONさん、周囲を岩で囲って水の流れを止めて落ちてきた奴を溺れさせましょう。WILLさんは
全員に気力回復魔法をかけて鼓舞して下さい。私は、弱った奴らを仕留めますので。」と作戦を全員に提示したので全員が必要な戦闘態勢に入った。
YUKI「りょーかーい。ウォーターフォール弾ぶっ放しますよー。」と向かってくるドラゴニュート大隊に
魔導銃を連打し、滝のような大量の水による雨を降らせた。TOMOとIGLEEの支援魔法によって威力が桁外れに大きくなった。ドラゴニュートは魔力の続く限りの火属性魔法で抵抗を見せたが、勇者パーティの作戦に填まってしまい、その多くは力尽き、残りも命からがら逃げだしていった。
小さな活火山にも大量の水が降りかかったので、周囲は水蒸気で真っ白になって何も見えない状態になったが、戦闘はもう終了していたことはみんな分かった。
勇者パーティはようやく長かった山岳地帯を抜け、平原のような地平線が見えるようなところに出た。
すると地平線の彼方から、何かがこちらへ向かっていた。もちろん魔王が遣わした勇者パーティ討伐部隊であった。始めは小さな生き物かと思えたのだが、その逆で巨人属のオーガ30体とサイクロプス6体の混成部隊であった。体が大きいだけのことあって、通常の属性魔法レベルでは、蚊を追い払う程度の威力しか無く、全く効いている様子が無かった。GORRDONやSEIが物理攻撃、斧や拳で攻撃し、珍しくWILLが魔導剣での攻撃でも効かない。いつものどんな通常攻撃でも埒が明かなかった。
暗黙の了解と言うのだろうか、敵と遭遇した際は各位が得意な攻撃を当てて、SEIが指示を出すまでの時間を繋いだり、どんな攻撃が効くかを先に試し打ちすることで、SEIの判断にもプラスになる動きを各位が自主的に行っていた。いつもの通常攻撃というのは、いつもこんな感じだった。
SEIは、基本的に作戦を考えながらの攻撃なので、周囲の状況を確認しながら、思考は常に巡らせながら、無の境地で空手の構えからの火属性もしくは物理攻撃の魔法拳を繰り出していた。
YUKIは、小型銃の魔導銃で自身も回転しながらの水属性の連続魔法攻撃でスピード感のある攻撃を敵に撃ち込んでいた。
TOMOは、いつもいろんな属性の魔法を試し打ちして、敵の弱点をSEIにも見せる攻撃を主に行っていた。
WILLは、見た目はイケメンだったのでフェンシング風のカッコいい構えからの振りかぶって大きめに剣を振り下ろす動作で、パラディンらしく光属性の魔導剣で敵を薙ぎ払った。
IGLEEは、一番の戦闘経験者でもあったので、いつも冷静沈着で周囲の状況を確認しながら、風属性の魔法で敵を退けていた。
GORRDONは、得意の土魔法で地形を変えて敵が近づいてくるのを防いで防御に回ったり、石礫を飛ばす攻撃が常だった。
そうしている内に、SEIが必勝戦闘パターンを思いつき、全員に的確な指示を出すのであった。そのことで
各位の信頼度も増して気力を削られない戦闘ができるようになっていった。
TOMO「SEIー。早く考えなさいよー。」しびれを切らしたようでもう呼び捨てのため口だった。
勇者SEIは、高位な僧侶のごとく考えを巡らせているようで、一向に指示を出さなかった。TOMOだけなく他のみんなもひたすら攻撃と防御で何も活路が見いだせない現状を焦っていた。
各位がいろいろな技や魔法を試しているが全く効果が出ない時間が続いたため、全員の気力ゲージがかなり目減りしてきているのが分かった。その時だった。ようやく勇者が口を開いた。
SEI「巨人には巨人で対抗しましょう。」と大声で唸った。まるでSEIの頭の上に突然ビックリマークが出た様だった。それを聞いた一同は一旦攻撃の手を緩め思考をめぐらせた。
GORRDON「わしの出番かのう。ロックゴーレムを出してみるぞ。」と同時に一体サイクロプスと同じサイズのロックゴーレムを出して戦闘させてみた。ロックゴーレムはサイクロプスと互角に戦った末に勝利した。
SEI「おー、やっぱり、巨人には巨人が正解でした。」と自分のひらめきが正解だったことで勢い付いた。
SEI「作戦決まりましたー。GORRDONさんそのままロックゴーレム操って下さい。TOMOさん、同じもの出せますかー。YUKIさんマルチプルで数増やしてみて下さい。他のみんなは防御と支援と回復を。」とざっくりだが打開策を矢継ぎ早に指示した。
TOMO「馬鹿にしないでよね、私にだって出せるわよー。」と言って上位種のシルバーゴーレムを出したのでそれも戦闘に加わった。
YUKI「やったこと無いけど、ゴーレムって複製できるのかな。」と言いつつ、ロックゴーレムをイメージしつつ、マルチプルの魔法を半信半疑でかけてみたところ、ロックゴーレムがもう一体複製された。魔法はイメージが大事だと、大魔法士GAND先生に習ったことを今思い出した。
SEI「さすが、賢者様、できたじゃーん。もう一体お願いします。」と調子づいた。
YUKI「そうね、でもさすがに1体づつしか無理みたいよ。」と今度は、シルバーゴーレムを複製した。
合計、ロックゴーレム5体、シルバーゴーレム4体まで増やしたところで、オーガ30体とサイクロプス6体を行動不能状態にまで持って行くことができた。今回もSEIのリーダーシップと全員の活躍のおかげで勝利することができた。オリジナルのロックゴーレムはGORRDONがミニマライズ収納し、シルバーゴーレムはTOMOがミニマライズ収納した。複製されたゴーレムたちに意思は無かったので、そのまま結合を解いてやると元の岩や銀に戻ったので、異空間収納に入れてYUKIが持ち帰ることにした。敗北した巨人属のオーガやサイクロプスにもはや戦闘の意思は見られなかったのでそこに置き去りにした。
魔王城にかなり近づいたのであろう。今までとはがらりと雰囲気が変わった。昼間なのに辺りは薄暗くなり、空気はひんやりしていて、まるで映画に出てくるドラキュラ城のようであった。すると、地面から人型をした何かがどんどんと生み出されこちらに近づいてくるのが見えた。さらに進むと、これまでに討伐した筈のゴブリンやハーピー、ドラゴニュートなどもアンデッドとなって人型のアンデッドと共にこちらに向かって来た。みんなは気付いた、この地ではいくら討伐して殺してもアンデッドとなって甦って戦闘に加わってくるということだった。それぞれが生前と同じ攻撃を行う能力はあったので、これまでの混成部隊をまとめて一気に相手にしているようで戦術が定まらずかなり手ごわかった。サイクロプスやオーガなどの巨人属を殺さずに放置してきたのは正解だったようだった。全員が一種の焦燥感と絶望感に苛まれた。
いつもの通り、各位が得意な属性魔法や物理攻撃で試し撃ちをして様子を見ていた。
SEIの火属性の魔法拳では全く歯が立たなかった。
GORRDONの土魔法で攻撃してみても、一度は壊れるが、すぐに蘇ってきた。
IGLEEの風魔法では遠くへ遠ざける事しかできなかった。ライトは
YUKIの水魔法では壊れても蘇り、流してもすぐに元に戻って来た。
TOMOは自身の得意な闇魔法では全く歯が立たないのがすぐに分かったようで、光魔法ホーリーライトを試していた。ホーリーライトは邪悪な属性を無効化したり消し去る効果があったので、有効だった。
WILLは広範囲プリズムライトで有効な攻撃を繰り出していた。
SEI「やっぱり、光ですよね。今回は、光属性が使えるWILLさん、TOMOさんとIGLEEさんが中衛で、
上手くホーリーライトやプリズムライトで敵の数を減らして下さい。YUKIさんは後衛で、回復魔法
と結界での全員の援護を、私とGORRDONさんが前衛で、近づいた敵を追っ払いますので、中衛が
攻撃の要でお願いします。あと仲間を信じる心を忘れずに。」と今回も具体的な指示を出し、気力
ゲージが下がらない戦闘方法を試みた。
しかしながら、今回は今までのようにいかなかった。以前魔方陣から無限に湧いて来ていたのと同様
今回もエンドレスでアンデッドたちは現れた。全員が本当に焦っていた。これまでの連戦連勝が噓のように感じられ、こちらにも死を意識させられた。
IGLEE「SEIさん撤退しましょう。」と普段はあまり作戦に口出ししないエルフが珍しく意見した。
SEI「え、まじですか。」と現状は把握できていたが、勇者のプライドなのか簡単に負けを認めたくない口ぶりだった。
TOMO「この無限湧きは想定外よ。」と地球のゲーム内での戦闘経験豊富な大魔導士TOMOもIGLEEに同調した。
YUKI「今回は一旦引いて作戦を立て直しましょう。」とSEIに撤退を促した。
GORRDON「そーじゃのう、ここからじゃと、最後の村が良いのう。わしの後ろについてまいれ。」というと、SEIも頷いた。
SEI「てったーい。全員速やかに撤退行動に移ります。アンデッドを押し返しながら、GORRDONさんの
道案内に続いて下さい。」とみんなの意見をしっかり汲み取れた勇者は唇を嚙みながらも撤退の決断を下した。
全員は、各位の通常攻撃などで、アンデッドを掻き分け、GORRDONの後に続いた。ドワーフは体形がどってりしていたが、走るのは早かったし、全員が加護を受けていたり、訓練でスピードアップされていたので追いかけて来るアンデッドから逃げるのは問題なかった。
今回、勇者パーティ初の敗北を喫した。全員怪我も無くやっとの思いでGORRDONに先導され、中立国の通称最後の村と呼ばれる安全地帯にやっとの思いで逃げ込むことができたのだった。