表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

⑪パラディンWILL

 これはパラディンWILLの昔の話である。

「WILL、WILL、ウォルター ウィリアムズ、こっちへすぐに来なさい」と呼んでいたのは、背丈はやや低めの日本女性でWill の母親であった。

「。。。。はーい。マム」とWILLはフルネームで呼ばれて初めて自分が呼ばれていることに気が付

いた。ここは、カリフォルニアのロサンゼルス市ベニーという町の普通の一軒家だった。家の前には大きな公園があって、8面のテニスコートも見えた。アメリカではごく普通の住宅街であった。

「WILL、ダディから大事な話があるから。」WILLは屋内ガレージを改装した子供部屋からキッチンを

通り抜け、リビングソファの置いてある部屋で待っている父のところまで駆け足で来た。

「WILL、喜んで欲しい。お父さんはお母さんの国で教会長として赴任することになったんだ。もちろん

家族全員で日本に引っ越しするんだよ。」WILLの父はアメリカ人だったので、普段は英語しか話さない

が、母から日本語を教えてもらっていたので、日本語は外人特有のイントネーションではあるが話すことができた。

「えー、そんなの。。。エレメンタリースクールの友達とお別れは嫌だよ。大好物のプラムも食べられなくなるじゃないか。。。しかも日本ではうちの宗教はすごく嫌われてるって聞いたことがあるよ。」と子供らしい返事で父に反抗して見せた。そんな息子の態度を見てもWILLの父は表情を変えることなく宗教者らしく笑顔で続けた。

「そうだね。学校の友達とは一旦お別れしないといけないけども、ハイスクールやカレッジに行く年齢になればみんなバラバラになるから、WILLは少しだけお別れが早く来ただけなんだよ。あと日本でもWILLの大好物のプラムが、カリフォルニアプラムって名前でちゃんと買うことができるぞ。」

「確かに父さんの教会の教えは、WILLも異端って言われて揶揄われて辛い思いをさせていることは知っているよ。でも神様は天にお一人しか居ないんだよ。いろんな宗教はその神様の全部が見えなくて、一部だけを切り取っているから争いになるんだよ。父さんの宗教はその争いを無くそうとしているんだよ。」

WILLは、言葉は発せず、ただうつむいて父親の話を聞いていた。父親に言い合いで勝てる訳が無かったからである。WILLの母親も熱心な信者でWILLも子供の頃から二世信者として週末の礼拝やあの有名なハリウッドの文字看板が設置されている山での月一回開催される祈祷会など欠かさずに参加させられており、日々のお祈りや礼拝で信仰を自然の成り行きで身に着けていたので、今更両親の決めたことに抗うことなどできなかった。


「お忙しいところ、お電話失礼いたします。私、全国受験研究社のウォルター ウィリアムズと申します。この度は、ご子息様の高校受験用のテキストのご案内をしております。不躾ですが、英語はお得意で

いらっしゃいますか。」ウォルターは今日も受験用テキスト販売のテレアポをしていた。話すことはマニュアル通りでいつも同じことを話すので半年もすれば、ファーストトークはベテランの域に達することができたが、この後の反応は実にマチマチであった。

「間に合ってますので」「どこからうちの子の情報を知ったの?お宅の個人情報管理は大丈夫なのかしら。」「セールス電話はお断りしてますので。」そういった反応が実に8割強で、一応に電話はガチャンと大きな音を立てて切られ、電話機に同情する様子だった。それでも1日100件は最低のノルマだった。

「そうね、英語は苦手かしら。。。」残りの1割程度は、おそらく自分の子供が英語嫌いなことを知っていてウォルターの話に食いつきを見せた。おそらくウォルター ウィリアムズが外国名であることも手伝っていたのかも知れない。

「英語は、特に受験のための英語はテクニックが全てです。いかに要領よく勉強するかがキーとなります。これまでも多くの受験生の皆様にコミットして頂きまして、喜びの受験合格報告を頂戴しております。弊社のテキストには余すところ無く受験英語学習のテクニックが盛り込まれております。それでは、一度テキストのサンプルをお持ちしますので、ご訪問可能な日時をお願いいたします。」

「そうね、今週の土曜日なら息子も居ると思うしお願いできるかしら。」ここまでくれば、ウォルターの勝ちであった。ウォルターが訪問したお宅ではまずお母様方がWILLのルックスにハートマークがいっぱいになるのだ。ハーフで長身イケメンのウォルターはまるでファッションモデルに見えたし、性格のまじめさが所作や言葉じりに滲み出ていた。テキストは英語だけでなく全教科あったので、突破口の英語で説得を成功すれば、その他の教科もまとめて売ることは容易かった。

 しかしここからが、である。「こちらはテキストとは関係なく、私個人からのお誘いなのですが、こちらのパンフレットのイベントがありまして。良かったらご参加してみませんか。」ウォルターには大事な使命があった。宗教二世としての伝道活動だった。伝道活動は、テキストの契約後の時間に行われた。多くの日本人は無宗教か形だけの仏教徒だったので、宗教に関心が無かったため、話半分で勧誘のためのパンプレットをもらってはくれたが、恐らくゴミ箱へ直行していた。

「あー、また見ておきますね。」こちらの反応が8割強で、ウォルターへの直接的な害は無かったがビクビクしていた。

「どんなイベントなのですか。」1割程度のお客様には、反応が見られたが、詳しく内容を説明すると、

「えー、あなたあの異端宗教って言われている人だったんですか。じゃあやっぱり契約辞めます。

キャンセルするので、帰って下さい。」と追い出されることがもれなく全員だったので、伝道活動の厳しさでいつも心を痛めていた。


 ウォルターはもう日本に来て10年以上が経ち、24歳になっていたが、一度も女性とお付き合いした経験が無かった。イケメン高身長のハーフなのにである。いつもお付き合い直前まではいくのだが、信仰している宗教の二世信者であることを告げると、相手は秒殺で逃げ去ってしまうのである。ウォルターの父親が日本で伝道活動を始めて10年以上が経ち、TVなどでニュースにもなり、その知名度が高くなるのと同時に、異端宗教としての日本人の認識も高くなっていった。ウォルターが訪問販売の仕事中に行っていた伝道活動も、だんだん自信が無くなって、自分が何のために何をしているのかが分からなくなっていった。ウォルターは何もする気にならず、日々の生活からだんだんと喜びが消えていくのが分かった。


 ウォルターは自分の置かれている立場が、どうしようもないものと今までずっとあきらめていたのだったが、ある事件をきっかけに根底から全てが崩れ去った。それは、全国ニュースの時間に起こった。

ウォルターの信仰している宗教の代表者が、脱税と政治家への贈賄の罪で逮捕されたとのニュースであった。その後もワイドショーではその話題で持ち切りとなり、日本の宗教本部からも一旦伝道活動を中止するようにとの通達が流れてきた。ウォルターは怒っていたし、泣いていた。自分のこれまでの人生を全て否定されたようで、狂ってしまいそうだった。宗教の代表者が信者に伝えていた理想の教義と、実際の行動との乖離に怒りから殺意を覚え、これまで長きに渡って耐え忍んできた異端者として蔑まれてきた自分をこの世で一番無駄な人生だったと、言葉には決してできない悲惨な感情だった。


 ウォルターは意識があるのかないのか分からない状態で、気が付いた時には最寄りの駅前にあるショッピングセンターに来ていた。そこでは屋上のイベントホールにて期間限定のイベントが催されていた。

ウォルターは、大きな看板に<異世界>の大きなドラゴンや翼竜たちが飛び回っている看板を見て、「あーどこかへ行ってしまいたいな。」という思いで最後の力を振り絞って、そのイベント中の<異世界カフェ>へ

必死の覚悟で乗り込んだ。

「いらっしゃいませ」「毎度ご来店ありがとうございます、本日は1名様でよろしいでしょうかー」

「ララララー、ララララー♪」フルートの音色のようなソプラノよりもっと高温の音色の心に響く心地よい音楽のように綺麗な歌声が聞こえてきた。長身で美形、背中には無色透明な羽が今にも羽ばたきそうな、お伽の国から抜け出てきたようなエルフの格好が似あう女の子たちが入口でお客様のお出迎えをしている。それぞれかわいいハート形の名札には「MEREI」「ANZU」「YUZUYUZU」といかにもアイドルのような源氏名が思わる名前が書かれていた。こちらのお店は特にコスプレのリアルさが売りの繁盛店である。コスプレスタッフたちの給仕サービスが一番のうりとなっている。

 店内には、エルフたちのほかにも、魔女の格好をした今にも魔法を唱えそうな女の子、耳がピンと立って元気いっぱい獣人族の女の子たちが店内を明るく盛り上げている。いわゆるコンセプト喫茶のようであるが、店内装飾、スタッフなどが半端なくリアル感に満ちており本当の異世界に迷い混んだ錯覚に陥る。

大型モニターにはスライムたちが可愛いく跳ねまわったり、魔族や竜族が大きな炎を操った迫力のある戦いが写し出されている。この異世界の映像を楽しみながらお酒を飲んだり、食事をしたり、お茶をしながら、現実逃避の時間を楽しむお客様たちでかなり繁盛している様だった。

 ウォルターは案内されるがままに席に付くと、「ようこそ異世界カフェへ」と、これまでウォルターの人生ではあまり見たことが無いと思わるコスプレイヤーたちが、ウエイトレスの接客を行っていた。

ウォルターは渡された注文用のタブレットを手にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ